時計の針がちょうど1時を回った頃、ネオンに照らされたこの街はまだまだ眠る気配を見せることはない。遠くの方から近づいてくるパトカーのサイレンに乗って、拡声器を通した警察の声もわんわんと鳴り響いている。
バイクや車のエンジン音は相変わらず喧しいけれど、路上を歩く酔っ払いの声が聞こえないから今日は当たりの日だ。
――ねむれない。
否、眠りたくないのが本音だろうか。
目を瞑ってしばらくそうしていれば、脳裏にこびりついた学校での出来事がじりじりと歩み寄ってきて、あっという間にセンターを陣取ってしまう。アイドルグループじゃないんだから、もっと端の方で大人しくしてくれたらいいのに。
一気に眠気なんて覚めて、冷や汗を掻きながらわたしはスマートフォンを開いた。目に痛いブルーライトがぽっと顔を照らす。
『ねむいのにまたねれないや』
フォロワー数ゼロのアカウントで独りごちる。正真正銘、ただの独り言。リアルではどこにも吐き出せないから、ネットの世界にぷかぷかと漂流させるしかないの。
アイコンも初期から変わってないようなアカウントなんて、どうせ誰も気にしない。リアルでも、ネットでも、わたしは誰でもない。
リアルの自分はあんなに苦しいのに、ネットだとなぜだかそれが愛おしい自分に思えてくる。たぶん、それはスクランブル交差点を横切るときの気持ちに似ていた。
空気のように、透明な存在。
何者にもなれなくて、ただ、宛もなく彷徨っているかのような。
枕元に置いていたスマホがぽわっと点灯して、通知を知らせる。こんな時間に通知を鳴らすような存在に心当たりがなくて、眉間に皺を寄せながら一体何だとスマホのロックを解除した。
『眠れない夜は何色に見える?』
クソリプ、うざい。こういう風にだる絡みされたくないから、あえて平仮名で書いて、検索避けしたつもりだったのに。
夜が何色かなんて、そんなの黒一色に決まってる。そんな当たり前のことを問われたら、逆に他の色があるのかなって気になってきてしまって、更に意識が覚醒してしまった。
『せっかくうとうとしてたのに』
『あれ、起こしちゃった? ごめんごめん』
嘘を交えて文句を言えば、一分も待たずに軽い調子のリプライが返ってくる。謝罪の気持ちが感じられないのは、文字からその軽薄さが伝わってくるからだろう。
『独りがちょっとだけ寂しくて、お喋りできる相手を探してたんだ』
『でも、もう平気』
『ごめんね、おやすみ』
『寝て起きたら、きっと忘れてるよ』
わたしが返事に悩んでいる間に、通知欄の数字がどんどん増えていく。疎ましく思いながら怒涛のリプライを確認すれば、絡んできたのはあっちなのに、突き放すような文字が並んでいた。
気侭に近づいてくるくせに、こっちが興味を持ったら一歩下がる。強固な城壁でぐるりと一周囲っているかのよう。
性別も年齢も、名前だってもちろん知らない。だけど、同じだと思った。似たもの同士。それとも、同族嫌悪?
『いいよ、お喋り相手になってあげる』
そう返したのは、ただの気まぐれ。リアルなら絶対こんなことしていないけれど、ここはインターネットの海だから。どうせ眠れない夜を越えるなら、独りよりも二人の方が寂しさは埋められると思ったんだ。
「0」だったフォロワー欄は、いつの間にか「1」の数字に変わっていた。