扉を開けた先には、広大な草原が広がっていた。しかし、それは普通の草原ではなかった。空は奇妙なほど低く、オレンジ色の落日の光が地平線を染め上げている。風が吹くたびに、草が波のように揺れる。その風は、どこか懐かしさと同時に不安をかき立てる香りを運んできた。
彩菜は立ち止まり、目を細めた。「…こんな場所、現実にあるのかな。」
俊煕は一歩前に出て、周囲を見渡した。「ここは試練の一部だ。普通じゃないのは当然だろう。」
草原の中央には、一つの巨大な螺旋状の石柱がそびえ立っていた。その表面には無数の文字が刻まれており、よく見るとそれが緩やかに動いているように見えた。彩菜は不安そうにその石柱を指さした。
「あれが次の試練の場所かな…？」
俊煕は石柱をじっと見つめた。「間違いないな。あそこに行けと言っているようなもんだ。」
二人は草をかき分けながら石柱に近づいていった。歩みを進めるたびに、風が冷たくなり、何か得体の知れない気配が背後から迫ってくるような錯覚に囚われた。

螺旋の問い
石柱にたどり着くと、その巨大さに圧倒された。文字が表面を滑るように動き、時折それが光となって浮かび上がる。その一つが彩菜の目に留まった。
「…『過去を直視せよ』？」
声に出した途端、石柱の文字が一斉に輝き、二人を包み込むように光が広がった。その光の中で、彼らの足元が消え、次の瞬間には全く異なる場所に立っていた。

過去の幻影
目の前に広がっていたのは、どこか見覚えのある場所だった。彩菜は目を見開き、息を呑んだ。
「これ…私の家？」
そこには、彩菜の幼い頃の家があった。父と母が仲良く夕食を囲む光景が広がり、その中心には幼い彩菜が笑顔で座っていた。温かな光が部屋全体を包み込み、食卓には湯気の立つすき焼きが並べられている。
俊煕が横で黙って様子を見守っていたが、やがて口を開いた。「お前の記憶…だな。ここで何をさせられるんだ？」
そのとき、場面が急に変わった。家の中が暗くなり、彩菜の父が激しい口調で母に怒鳴り声を上げていた。母は涙を流しながら食器を片付け、幼い彩菜は怯えたようにその様子を見つめている。
「やめて…！こんなの、見たくない！」彩菜は耳を塞いで叫んだ。
しかし、光景は容赦なく続いた。次々に過去の出来事が再生され、彩菜が目を背けたいと思った瞬間ほど、それが強調されるかのように迫ってきた。
「お前が直視しなければならないのは、この記憶なんだろう。」俊煕の冷静な声が彩菜の心を揺さぶった。
彩菜は震える手を伸ばし、幻影に触れようとした。その瞬間、記憶の光景が砕け散り、辺りは再び真っ暗な闇に包まれた。

試練の答え
光が戻ったとき、彩菜は石柱の前に立っていた。彼女の顔には疲労の色が浮かんでいたが、その目は以前よりも強さを帯びていた。
「自分の過去を受け入れること…それが、この試練の意味だったのかな。」
俊煕は腕を組んで彼女を見つめていた。「お前にとって、受け入れるのは簡単なことじゃなかっただろう。でも、それができたんなら、次に進む資格がある。」
彩菜は小さく頷いた。「ありがとう。あなたがいてくれて良かった。」
その言葉に俊煕は少しだけ微笑みを返した。だが、彼の目にはどこか影が落ちているようにも見えた。
石柱が低い唸り声を上げ、次の扉が浮かび上がった。草原に射す落日の光がますます深い赤に染まり、二人は再び歩みを進める。彼らの心には、それぞれの重い感情が静かに息づいていた。