扉をくぐった瞬間、彩菜と俊煕の視界が揺れ、現実に引き戻されるような感覚が彼らを包み込んだ。足元が急に固くなり、喧騒が遠くから聞こえてくる。それは確かに現実の感触だった。
彩菜は目を開け、見慣れた街並みを目にして驚いた。頭上には電線が張り巡らされ、通りを行き交う人々の話し声や車の音が耳に届く。「戻ってきた…本当に戻ってきたんだ…」彼女は言葉を飲み込み、しばらくその場に立ち尽くしていた。
俊煕もまた、周囲を見渡し、短く息を吐いた。「ここが現実だな。変わらない景色、変わらない喧騒…でも、どこか違って見える。」
彩菜はその言葉に頷きながら、自分の胸に手を当てた。「確かに、同じ場所なのに違って感じるね。たぶん私たちが変わったからなのかな。」
二人は互いに顔を見合わせ、少しだけ笑った。その笑顔はほんのりとぎこちなかったが、そこにはこれまでの試練を超えた絆が確かに存在していた。
「でも、これからどうするの?」彩菜はふと不安そうに問いかけた。「試練は終わったけど、現実ではまだ何も解決してないんじゃない?」
俊煕は少しの間考え込むように黙り、やがて低い声で言った。「そうだな。現実は試練みたいに簡単じゃない。けど…だからこそ、俺たちは進むんだろう。」
その言葉に彩菜は小さく頷き、少しだけ顔を上げた。「うん、進もう。怖いこともたくさんあるけど、試練で得たことを無駄にはしたくないから。」
通りを歩き始めた二人の足取りは、まだ少しぎこちなかった。それでも、並んで歩くうちにその距離は徐々に縮まり、次第に確かなものとなっていった。
通りを抜けると、公園が目に入った。小さな噴水があり、子どもたちが元気に遊ぶ声が風に乗って届いてくる。その景色を見て、彩菜はふと立ち止まり、噴水のそばに咲く花をじっと見つめた。
「綺麗だね。こんな何気ない風景が、こんなに美しいって思えるなんて…今まで気づかなかった。」彩菜の声は柔らかく、穏やかだった。
俊煕も立ち止まり、その様子を見守った。「お前がそう思えるようになったのは、全部を乗り越えたからだろうな。」
彩菜は振り返り、俊煕の顔を見つめた。「俊煕も同じだよね?一緒に試練を乗り越えたから、こうして今があるんだよね。」
彼はわずかに口元を緩め、短く頷いた。「そうだな。お前がいなければ、俺はここに立ってないかもしれない。」
その言葉に彩菜はほんのりと頬を赤らめた。「ありがとう。でも、私だって同じだよ。俊煕がいたから、ここまで来られたんだもん。」
二人はしばらく公園に座り、風に揺れる木々や空を見上げていた。日常の喧騒に包まれながらも、心の中には試練を通して得た確かなものが静かに息づいていた。
「さて、そろそろ動き出さないとな。」俊煕が立ち上がり、軽く手を差し出した。「現実は待ってくれないからな。」
彩菜はその手を取り、小さく笑った。「うん、そうだね。進もう、この現実を生きるために。」
二人は再び歩き出した。これから訪れる未来がどんなものであれ、彼らはもう一人ではなかった。その背中には、希望と決意が確かに刻まれていた。現実の中で新たな試練に挑む彼らの姿は、強く、そしてどこまでも輝いていた。