扉を開けた先には、どこか現実とは異なる不思議な部屋が広がっていた。黒と白の市松模様が床に敷き詰められ、壁には無数の時計がかけられている。それぞれが異なる時刻を示し、規則性のない針の動きが、不気味な違和感を漂わせていた。
「また奇妙な場所だな。」俊煕は周囲を見回しながら眉をひそめた。
彩菜も足を止め、部屋全体をじっと見つめた。「時計ばかり…何を意味しているんだろう?」
その時、部屋の奥から静かな拍手が聞こえた。音は低く、それでいて空間全体に響き渡るようだった。二人が振り向くと、暗がりの中から一人の人物が現れた。その姿は影のようにぼやけており、顔ははっきりと見えない。
「ようこそ、最後の部屋へ。」その声は冷たく、どこか感情を欠いた響きがあった。
俊煕は鋭い目つきで問いかけた。「お前がこれを仕組んだ張本人か?」
影は微笑んだように見えた。「そうだ。そして君たちがここまでたどり着いたことを称賛しよう。だが、まだ終わりではない。」

心を試す問い
影の姿が徐々に明瞭になり、男の輪郭が浮かび上がった。彼は黒いスーツを身にまとい、冷ややかな瞳で二人を見つめていた。その顔には、どこか不自然なまでの無表情が浮かんでいる。
「君たちはそれぞれ、自分自身と向き合い、信頼を築き上げた。それは素晴らしい。しかし、最後の試練はそれを超えるものだ。」
男はゆっくりと手を広げ、空中に奇妙な装置を浮かび上がらせた。それは砂時計のような形をしており、中には細かな金の粒が静かに流れている。
「これが最後の試練だ。」男はそう言うと、装置を二人の前に差し出した。
「どういうことだ?」俊煕が低い声で尋ねる。
男は冷静に説明を続けた。「この砂時計には、君たちがこれまでに抱えた心の欠片が込められている。それを完全に流し切ることで、君たちは自由を得る。ただし…二人で操作しなければならない。」
「二人で?」彩菜が困惑した声を上げた。
「そうだ。一人が砂時計を持ち、もう一人がそれを傾ける。その過程で、どちらかが自らの欠片を手放す必要がある。さあ、どちらがそれを引き受ける?」

互いの選択
彩菜と俊煕は互いを見つめ合った。それぞれの目には不安と迷いが浮かんでいる。彩菜が最初に口を開いた。
「私が…やるよ。今まで、あなたに支えられてばかりだったから、今度は私が犠牲を…」
「ふざけるな。」俊煕が遮った。「お前がここまで来られたのは、お前自身の力だ。だからこそ、俺がやるべきだ。」
「でも、それじゃ…」
二人の間に重い沈黙が流れる。時計の針がカチカチと音を立て、時間が二人を急かしているようだった。彩菜は拳を握りしめ、小さな声で言った。
「分かった。でも、最後に一つだけ約束してほしい。これを終わらせたら…一緒に外に出よう。」
俊煕は短く頷いた。「ああ、約束だ。」

操作の瞬間
俊煕は砂時計を手に取り、ゆっくりと傾けた。中の金の粒がさらさらと流れ始め、空間全体が震えるような音を立てた。その音は、二人の心臓の鼓動と重なり、緊張感を高めていく。
「大丈夫か?」彩菜が小さく問いかけた。
「心配するな。」俊煕は冷静な声で答えたが、その手はわずかに震えていた。
金の粒が全て流れ切る直前、砂時計が突然激しく光り出した。俊煕の体が一瞬浮かび上がり、彼の表情に苦痛が走る。
「俊煕!」彩菜が駆け寄ろうとするが、見えない壁のようなものに阻まれ、近づけない。
俊煕は苦しげに息を吐きながらも、彩菜に向かって微笑んだ。「大丈夫だ。お前との約束を…守る。」
その瞬間、光が弾け、砂時計は消え去った。俊煕はその場に膝をつき、息を整えながら静かに目を閉じた。
彩菜は壁が消えたのを確認すると、彼のもとに駆け寄り、肩を支えた。「俊煕、大丈夫?何があったの?」
彼は少しだけ笑い、かすれた声で答えた。「…ただの試練だ。それより、これで終わりだろ?」

新たな扉
部屋の奥に新たな扉が現れた。それはこれまでのどの扉とも違い、温かな光に包まれていた。彩菜は俊煕を支えながら立ち上がり、その扉をじっと見つめた。
「これが…最後の出口?」
俊煕は小さく頷き、彩菜に向かって言った。「行こう。外で、また新しい自分たちを見つけるために。」
二人は互いに支え合いながら扉へと歩みを進めた。その先に待つのが自由なのか、それとも新たな試練なのかは分からない。ただ、二人の中には確かな絆が生まれていた。