俊煕が鏡の扉に触れると、その表面が静かに波打ち、彼らを招き入れるように広がっていった。二人は互いに視線を交わし、小さく頷くと、ゆっくりとその中へ足を踏み入れた。
扉を抜けた瞬間、彩菜は息を呑んだ。目の前に広がるのは、見慣れた学校の教室だった。しかし、そこには何か異様な違和感があった。窓から差し込む光は薄暗く、壁の時計は針を進めることなく止まっている。そして、教室の中には、どこか曇ったような鏡がいくつも立てかけられていた。
「ここは…どこ?」彩菜の声はかすかに震えていた。
俊煕は周囲を警戒しながら前に進んだ。「これはまた、俺たちの過去に繋がる試練なんだろう。だが、この鏡が何を意味してるのか…」
彼の言葉が終わる前に、部屋の一つの鏡が光を放ち、彩菜の目を引きつけた。その鏡の中には、彼女自身が映っていた。しかし、そこに映る彼女の顔は、苦悩に歪んでいた。

彩菜の心の鏡
鏡の中の彩菜が、まるで別の人格を持つかのように口を開いた。
「結局、何も変わらないんでしょ?どれだけ努力しても、みんなに置いていかれるだけ。」
その声は冷たく、刺さるような言葉だった。彩菜は息を呑み、後ずさる。
「違う…私は変わりたいと思って…だからここに…」彩菜の言葉は震えていた。
しかし、鏡の中の彼女はさらに追い打ちをかける。「それでも何も変わらなかったじゃない。結局、誰かの後ろで怯えてるだけ。自分で決めたことさえ最後までやりきれない。」
彩菜の目に涙が浮かび、彼女は耳を塞いだ。「もうやめて…!」
俊煕がその様子を見て、彼女の肩に手を置いた。「彩菜、目を逸らすな。この試練はお前自身を受け入れるためのものだ。」
彩菜は震える手を鏡に伸ばし、自分の映る姿をじっと見つめた。その瞳の中には、不安と恐れ、そしてわずかな決意が混じっていた。
「私は…怯えてばかりだった。自分の弱さを隠すために、みんなの後ろに隠れてた。けど、それでも変わりたいって思ったのは本当だから…」
鏡の中の彩菜の表情が変わる。その顔は静かに微笑み、やがて霧のように消えていった。

俊煕の心の鏡
次に光を放ったのは、俊煕の前に立つ鏡だった。彼は一歩前に出て、自分の姿を見つめた。そこに映る彼の目は、冷たい光を宿し、口元には軽蔑の笑みが浮かんでいた。
「何を偉そうにしてるんだ?結局、全部自分のためだろう。誰かを助けたいとか言いながら、守りたいのは自分自身だけ。」
その声は、まるで自分の心の奥底を抉るかのように響いた。俊煕は唇を噛みしめ、鏡の中の自分を睨みつけた。
「違う。俺は…俺は弟を守るために生きてきた。それが全てだったんだ。」
しかし、鏡の中の彼は冷笑を浮かべる。「その弟さえも、自分の満足のために道具にしただけだろう。罪悪感を消すために、誰かを守る理由を作っただけだ。」
俊煕の拳が震えた。その言葉は否定できないほど真実に近いものだった。彼の心の中に隠れていた弱さと後悔が、すべて浮き彫りにされる。
彩菜が一歩近づき、小さな声で言った。「俊煕、あなたが弟さんを本当に大切に思ってたことは、私にも分かるよ。でも、自分を許さなきゃ、次に進めない。」
俊煕はその言葉に目を閉じ、深く息を吸い込んだ。そして、静かに目を開き、鏡の中の自分に向かって言った。
「確かに俺は弱い。けど、それでも前に進む。弟の記憶が俺を支えてくれる限り、俺は立ち止まらない。」
鏡の中の彼は一瞬目を細めたが、やがて溶けるように消えていった。

新たな道
二人の鏡が消えた瞬間、部屋全体が輝き始めた。鏡が一斉に割れ、その破片が光となって空へと舞い上がっていく。その光が天井を突き抜け、新たな扉を作り出した。
彩菜は肩で息をしながら俊煕を見上げた。「私たち、また乗り越えたんだね。」
俊煕は深く息を吐き、小さく頷いた。「ああ。でも、まだ終わっちゃいない。」
二人は互いに目を見つめ合い、扉の先へと進む決意を固めた。その背中には、試練を通じて得た強さと絆が刻まれていた。