木の空洞から抜け出した二人は、どこまでも広がる霧の中に戻ってきた。けれど、先ほどまでの閉塞感は幾分薄れ、冷たい風が彼らの頬をかすめる。
彩菜はふと立ち止まり、ゆっくりと深呼吸をした。胸の奥にまだ試練の重みを感じながらも、その息にはどこか清々しさがあった。
「不思議だね。過去のことを直視したら、あんなに重かった気持ちが少しだけ軽くなった気がする。」彼女は静かに呟いた。
俊煕は彼女をちらりと見て、疲れた顔に苦笑を浮かべた。「そうか。俺はまだ腹の中に重りを抱えてる気分だ。」
「でも、あなたは選んだ。自分の痛みを受け入れて前に進むことを。」彩菜の言葉には、どこか安心感があった。
俊煕は一瞬だけ立ち止まり、彼女を見つめた。その瞳には、深い疲労と共に感謝の色が浮かんでいる。
「お前がいたからだよ。一人だったら、とっくに逃げ出してたかもしれない。」
彩菜は少し驚いたように目を丸くしたが、やがて穏やかに笑った。「私だってそうだよ。俊煕が一緒にいてくれたから、試練を乗り越えられたんだもの。」
二人の間に静かな沈黙が訪れた。けれど、その沈黙は重苦しいものではなく、互いの存在を感じ合う温かなものだった。

次の試練への道
霧が徐々に晴れ、目の前にまた新たな光景が広がった。そこには、古びた橋がぽつんと架かっていた。橋の向こう側は闇に包まれており、何が待っているのか全く分からない。
「また何かあるみたいだな。」俊煕は眉をひそめながら橋に近づいた。
彩菜もその場に足を止め、橋をじっと見つめた。「怖いね。でも、行かなきゃ…だよね?」
「そうだ。けど、今度はどんな罠が仕掛けられてるか分からない。慎重に行こう。」俊煕は彩菜を庇うように一歩前に出た。
橋は古く、木材が軋む音が足元に響くたびに、二人の心臓をわずかに震わせた。川の流れが下から聞こえてくるが、その音は奇妙に重く、まるで深い谷底からのうめき声のようだった。
「こんな橋、いつ崩れてもおかしくないね。」彩菜が呟く。
俊煕は彼女を振り返り、片眉を上げて笑った。「そんなこと言うな。崩れる前に渡り切るぞ。」
しかし、二人が橋の中ほどに差し掛かったとき、突如として背後から低い唸り声が響いた。振り返ると、霧の中から黒い影が形を成しながら迫ってきた。その影は巨大で、何本もの腕のようなものを伸ばしている。
「…なんだあれ!?」彩菜は思わず声を上げた。
俊煕は即座に彼女の手を掴み、橋の先へ走り出した。「考えるな!逃げるぞ!」
橋が激しく揺れ、木材が軋む音が大きくなる。足元が崩れ落ちそうな感覚に襲われながらも、二人は必死に駆け抜けた。

暗闇の真実
何とか橋を渡り切った二人が息を切らせて振り返ると、黒い影は橋の途中で止まり、ゆっくりと溶けるように霧に戻っていった。
「追ってこない…のかな?」彩菜は息を整えながら呟いた。
俊煕はしばらく影の消えた方向を見つめていたが、やがて短く息を吐いた。「あれも試練の一部だろうな。俺たちの恐怖を試してたんだろう。」
彩菜はうなずきながらも、手の震えを隠せなかった。自分たちの内面だけでなく、周囲の環境もまた、二人を極限まで追い詰めようとしている。
「もう、これ以上は…」彼女が呟いた瞬間、目の前に新たな扉が現れた。その扉は、これまでのものとは異なり、鏡のような表面を持っていた。自分たちの姿がそこに映り込んでいる。
俊煕は扉に近づき、その鏡面に手を触れた。「これが次の試練か…。今度は俺たち自身をさらに見せつけるつもりだな。」
彩菜は不安そうに彼の隣に立ち、映った自分の姿をじっと見つめた。「私たちの心をまた試そうとしているのかな。でも、もう逃げない。どんな過去が出てきても…」
俊煕は彼女を横目で見て、小さく頷いた。「そうだな。俺たちはここまで来たんだ。この先も進むしかない。」
扉の奥からは静かな風が吹き抜けてきた。それはまるで、二人を新たな試練へと誘うささやきのようだった。