受け入れられない、が正直な感想だった。それでも、放送は続いていく。

『皆さんの点滴の中には、いわば毒薬が混じっています。そのまま何もせずに三日経てば死ぬでしょう。そして、三日後に解毒薬を配るのは三人だけです』

 意味の分からない院内放送。誰かの悪戯だと思いたいけれど。数日前から四人とも急激に体調が悪くなっている。そのことが裏付けになって、どこか信じてしまいそうな自分がいた。
 だから、私は何とか口を開いた。

「何で急にデスゲームを始めたんですか?」

石山 紫月(いしやま しづき)さん、聞きたいですか? 理由は簡単です。貴方達が幸せそうじゃないから。だったら、死んだほうが良いんじゃないかと思っただけです』

 理由になっていない、そう思った私より先に他の患者が口を開いた。

 二宮 作馬(にのみや さくま)さん、42歳の男性でいつも優しく接してくれる。


「理由はどうでもいいが最近の体調の悪さから毒薬は信頼出来るせいで、デスゲームも本当な気がするけど……やっぱりまだどこか信じ難いな」


 すると、放送はこう言うのだ。


『じゃあ、誰か見せしめにしますか?』


「っ!」


 驚いた私たちをよそに二宮さんは「いや、しなくていい」と冷静に返した。

「デスゲームで死ぬのは、一人なんだろう? なら、僕でいいよ」
「二宮さん!」
「いいんだ、この病室にいる他の三人は僕より若いし、家族だっている。僕は家族もいないし、それにみんなより未来もない」

 二宮さんの言葉に、同い年の女の子朱夏(しゅか)が笑った。

「そんなことを言ったら、私たちだって未来ないよ。余命一年だし」
「朱夏!」
「事実でしょ。紫月だって分かっているくせに」
「朱夏、怒るよ」
「別に怒ればいいじゃん。私はそんなことよりも、年齢の理由だけで二宮さんに押し付ける方が嫌」

 朱夏の意見にもう一人の入院患者の長田さんが口を開いた。長田さんは28歳の男性で、奥さんと幼い娘がいる。

「そうだね、朱夏ちゃんの言い方は悪いけれど、その通りだ。俺も二宮さんに押し付けるのは嫌だ。けど、死にたくないのも事実」

 デスゲームを宣告されてすぐにここまで冷静でいられるのは、私たちの身近に常に死があったからだろうか。

「じゃあ、どうする? じゃんけんで決める?」
「朱夏! だから、こんな時までふざけないで!」
「ふざけてないよ。早めに決めたほうが、残り三日はせめて少しでも楽しく過ごせるじゃん。てか、意外だった。みんなも余命一年だったんだね」

 そうだ、私たちはさっきの放送で自分以外の三人も余命一年だと知った。その言葉に二宮さんが優しく微笑んだ。

「朱夏ちゃんはこんな時でもいつも通りだね。僕は後一年しか生きられないから、せめてこの病室の子達にはもっと長く生きてほしいとずっと思っていたんだけどね」

 「そんなに上手くいかないか」と悲しそうに最後に付け加えた。朱夏がそんな二宮さんをじっと見つめている。

「私は二宮さんほど優しい理由じゃないけど、死ぬのが私でもいいよ」
「っ!」
「何驚いた顔してるの、紫月。紫月ならこの気持ちわかるでしょ?」

 朱夏が淡々と続けていく。

「20歳にもなっていないのに余命宣告されて、成人できるかも分からない。感じるのは、周りに置いていかれる感覚だけ。毎日毎日病院食で、ジャンクフードすらも食べられないし。漫画の新刊だって、誰かに持ってきて貰わないと読むことも出来ない。どうせ三日で死ぬなら、食事制限も気にしなくていいし。余命一年であやふやな日付より、後三日って分かっている方が楽しく過ごせそう」

 そう言い放った朱夏が、長田さんに視線を向ける。

「とりあえず長田さんは死にたくないんでしょ? なら、とりあえず候補から外そうよ。紫月はどっちがいい?」

 後三日で死ぬか死なないかの選択を、まるで明日の服を決めるかのように簡単に朱夏は聞くのだ。

「そんなに急に決められないよ……」
「そう? じゃあ、明日まで待つよ。明日には決めて。その方が私も二宮さんも嬉しいし。ね、二宮さん?」
「朱夏ちゃん、紫月ちゃんの気持ちも考えてあげて。僕は紫月ちゃんの気持ちに任せるよ」
「二宮さんは優しすぎ。三日で決めるのも、一日で決めるのも変わらないって」

 そんな言い争いをしていると、急に胸がギュゥっと痛み出す。呼吸が出来なくなる。

「はぁ……! はぁ……!」
「紫月!」

 あんな言い草のくせに、朱夏がすぐに私に駆け寄ってくる。長田さんも二宮さんもすぐに立ち上がった。

「紫月、大丈夫!? ナースコール……!」
「大丈夫、ちょっとびっくりしただけ」
「そう……」
「何やかんや言って朱夏は優しいよね」
「そんなこと言っている元気があるなら、すぐにベッドで横になって」

 朱夏に言われるまま、ベッドに横になる。朱夏は私の呼吸が落ち着くまでそばにいてくれる。

「朱夏、ありがとう」
「うるさい」

 朱夏の口の悪さにどこか安心して、私はそのまま眠ってしまった。眠り際に、朱夏の声が聞こえた気がした。


「紫月だけは幸せになって」


 それが壊れかけたデスゲームが起きた日だった。

 次に私が目を覚ます時には、時計は翌日の朝10時を指していた。だいぶ眠っていたようだった。

「紫月、起きたの? じゃあ、昨日のこと決めてね」
 
 朱夏の言葉で昨日の出来事が現実だと思い知らされる。あんなことがあったのに、病室はいつも通りで。
 皆それぞれに自分の時間を過ごしている。私は、どうしたいのだろう。
 その時、二宮さんが私に話しかけた。

「紫月ちゃん、急がなくていいからね。あんなこと急に言われて動揺しない方が無理だろうし」
「ありがとうございます……二宮さんは……その、本当にいいんですか?」
「死ぬことが?」
「あ、えっと、はい……」

 この病室にいる人たちはどれだけ死に慣れているのだろう。

「そうだねぇ、よくはないけれど。僕は入院して5年経つんだ。毎日毎日病室で同じような時間を繰り返している。だから、最後の一年が三日になったって変わらないだろう?」
「そんなこと……!」
「そうだね、言い方が悪かった。でも、なんて言うんだろうか。そう言う意味じゃなくて、もっと朱夏ちゃんや紫月ちゃん、長田くんに生きてほしいんだ。だって、まだ若いんだから何があるか分からないだろう?」

 私は二宮さんの言葉につい苦しい表情を作ってしまう。

「病室で何があるというんですか……」
「あはは、そうだねぇ。もしかしたら、格好良い看護師や医者が入ってきて、紫月ちゃんが一目惚れするかもしれないよ?」
「そんなことあるわけないです」
「あるわけないけど、何が起こるか分からないのが人生だろう?」
「それは二宮さんだって……!」

 私の言葉に二宮さんは「紫月ちゃんは優しいねぇ」と笑った。その言葉や雰囲気から私の言葉など何も響いていないことが伝わってきて逆に悲しかった。

「紫月ちゃん、死ぬのは一人だけでいいんだよ」

 その二宮さんの言葉は、自分でいいと言っているようで。勝手に手が震えた。慌てる二宮さんの横から、朱夏が顔を出した。

「あー、二宮さんが紫月を泣かせたー」
「違うから、朱夏。まず泣いてない」
「分かってるって。紫月は泣かないもんね。二宮さん、紫月をちょっと借りるね」

 朱夏が私を朱夏のベッド横の引き出しへ連れて行く。

「紫月、これあげる」

 朱夏が引き出しから何かを取り出した。

「昨日から何も食べてないでしょ。これ食べなよ」

 朱夏が取り出したのは、飴玉一粒。

「ごめん、私いま食事制限されてるから」
「これくらい良いでしょ」
「ダメだよ」
「じゃあ、持ってて」

 朱夏から貰った飴を見て、私はふと思った。昨日病室から出られないか調べようとドアに手をかけたら、外から鍵がかかっていた。
 看護師さんも来ないので誰も食事を取れていない。それでも、昨日の放送があったのは夕食後だった。部屋は5階で窓から出るのは不可能。
 三日という制限時間なのに、早く決めさせようとする朱夏。誰も焦っていない現実。それでも、みんな死期を悟っていて。
 昨日、私の呼吸がおかしくなった時、朱夏がこう口走った。



「紫月、大丈夫!? ナースコール……!」



 朱夏はどうやって看護師さんを呼ぼうと思っていたの?
 来てくれるわけないのに。
 それに私の体調は最近悪かったけれど、他の三人の体調が悪いのを聞いたのは自己申告だけ。
 

「朱夏、ナースコール押してもいい?」


 私の言葉に朱夏がパッと顔を上げた。その反応で全てを察した。
 私はベッドの横のナースコールを押す。すぐにパタパタと音が聞こえて、鍵が開く。
 看護師さんたちが入ってくる。



「何あったの!? やっぱり、こんな提案危ないからやめようって何度も!」



 看護師さんの言葉で、朱夏は悲しそうに笑った。

「あーあ、ばれちゃったね」
「朱夏、どうして……?」
「でも、まだばれてないことがあるから」
「え……?」


「紫月、私ね、余命一年じゃないの。もういつ死んでもおかしくないの。私も二宮さんも長田さんも。だから、わがままを言って紫月と同じ病室にして貰った。それで馬鹿げたデスゲームの放送を作って、馬鹿げたことにみんなを付き合わせた。毒薬も全部嘘。最近の紫月の体調の悪さを利用しただけ。三日って言ったけれど、看護師さんからの本当のリミットは今日の午後一時までだったの。それと、何かあったら絶対にすぐにナースコールを押すって言う約束」


 「許されるわけないけどね、本当はこんなこと」と朱夏は続けた。


「ねぇ、紫月。教えて。あと三日で死ぬって言われた時、どんな気持ちだった? どうせ紫月のことだから、やっと楽になれるって思ったでしょ?」

 看護師さんも二宮さんも長田さんも私のことを見ている。

「最近、紫月の数値が悪いんだって。まるで身体が諦めているみたいだって、紫月の主治医の先生が言ってた」

 その瞬間、朱夏が私の頬を軽くペチンと叩いた。痛かったはずなのに……目の前に涙をいっぱい溜めている朱夏がいて、そのことしか目に入らない。


「ふざけないで。どれだけ紫月に生きてほしいと願っていると思っているの。病室が違う時も、紫月だけが私の話を笑顔で聞いて、どれだけ私が素を出しても嫌わないでいてくれた。私が手術の時も、家族が泣いている時でも、貴方だけが泣かずに私を待っていた。陰でどれだけ泣こうとも、朱夏が泣かないから泣かないと私の前では笑ってくれた」


 私の目に溜まった涙に朱夏がそっと触れる。



「やっと私が泣いてあげたんだから、紫月も泣いていいよ」



 朱夏の言葉に反応すら出来ないのに、涙だけがポロポロと溢れ始めた。

 余命一年ってどれだけ残酷の言葉なんだろう。
 あと一年で死ぬんだよ? まだ全然楽しく生きれていないのに。

「ねぇ、紫月。私、いつ死ぬか分からないけど、生きれるだけ生きるよ。だって、生きたいから。理由なんてない。本当は死にたいなんて微塵も思ってない」

 朱夏は涙でぐちゃぐちゃの顔で笑うのだ。

「私は今泣けるし、笑えるんだよ。どんな表情をすることも出来るくせに、笑わないなんて損な気がするから」

 朱夏が私の頬を両手でムニっと掴んで、無理やり私の口角を上げさせる。

「もう私は泣き止んだから。次は紫月の番」

 朱夏の手は震えていた。



「もし次にあと三日で死ぬって言われたら、『嫌だ! 私だけでも生き残る!』ってすぐに言い返せる人になって。だって、全員が『私は死んでもいいよ』なんていうデスゲームは面白くないでしょ?」


 
 朱夏の優しさを受け止められる人間になりたいと思った。
 もっと自分に素直になりたいと思った。

「朱夏」
「何?」
「私、死にたくない……余命一年も本当は怖いし、朱夏がいなくなるかもしれないことも怖い。死にたくなんてないの……」
「あっそ。私だって死にたくないわ!」
「朱夏が冷たいー!」

 私がそう喚くと、朱夏が「でも、多分私が先に死ぬわ」と笑った。

「悲しいけれど、多分事実だと思う。だから、一緒に一杯笑いましょ。次にデスゲームが起きたら、私と紫月で『生きる枠を取り合うくらい人生を諦めない人でいたい』だけ」

 そして、朱夏は続けるのだ。


「明日生きているか分からない私も、少なくとも『今』生きていることだけは確かだから」





「だから、紫月。一緒に今、笑おう?」



 

 その朱夏の言葉に私は笑顔を返せたかな?

 返せたんだっけな?

 もう思い出せないけれど……



「紫月ー! 今日、外は成人式なんだよ。振袖着たかったね」



 その声が、今日も隣から聞こえるから。



「じゃあ、お母さんに持って来てもらお! 折角なら、着ようよ!」



 今日を精一杯楽しむんだ。



fin.