突如として現れたかつての仲間たちと共に、マラケシュ山を下りた後。
 俺たちは一緒にバブルドットまで戻ることにした。
 その道中、町であった色々なことや、バブルドットに来る以前の話などを仲間たちに伝えながら歩いた。
 ついでに見かけた魔物もなるべく倒すようにして、話したり戦ったりしながら歩く道のりは、まるで魔王討伐を志して冒険していたあの時のようだと俺は懐かしい気持ちになった。
 バブルドットまでは歩くととても長いけれど、この四人と一緒だと退屈せず、道はむしろ短いように感じたのだった。

 そして町まで戻ってきた俺たちは、まず先に町長さんに討伐報告を済ませることにした。
 スライムを倒した後に残された、ガラス片のような結晶が『スライムの核片』と呼ばれる素材らしく、それが討伐の証拠となる。
 きちんと回収していたそれを、ブロードたちに持って行ってもらい、水源汚染の問題はすでに解決されたと町長さんに伝えてもらった。
 町長さんは勇者パーティーがあっさりと魔物を倒してきたことに心底驚き、同時に涙ながらに深く感謝してきたそうだ。
 せっかく築き上げた町のイメージが損なわれそうになっていて、その上タフタたちに大金まで要求されていたのだから、それが一気に解決したとなれば涙も納得である。
 その後、タフタたちに会うために、奴らが泊まっている宿屋に向かうことになった。

「そういえばタフタたちが泊まっている宿屋の場所を知っているんだったね」

「あぁ、訳あって尾行することになって、それでな」

 そのためあいつらが泊まっている宿屋には、俺が案内することになった。
 このためにタフタを追いかけたわけではなかったけど、この情報が役に立つことになってよかった。
 というわけで例の宿屋に向かい、宿屋の主人に怪しまれないように部屋を借りて二階へと上がる。
 そしてタフタたちが泊まっている部屋へ辿り着くと、張り詰めた緊張感の中でブロードがノックした。
 幸い、外出中ではなかったらしく、ぶっきらぼうな様子でタフタがドアを開ける。

「はっ? 勇者パーティー? なんでここに……」

 珍しくタフタの驚愕した顔を拝むことができる。
 それだけでもついて来た甲斐があったと思っていると、すぐに奴はいつもの余裕そうな表情に戻った。

「どうして私たちの宿を知っているのかは置いておくとして、わざわざそっちから会いに来るなんて珍しいわね。いったい何の用かしら?」

「少し話したいことがあるんだ。時間はとらせない。入ってもいいかな」

 その返答に、タフタは一瞬だけ目を細めて訝しむ。
 次いで後ろに目をやり、仲間たちと視線でやり取りをすると、タフタは扉から離れながら「勝手に入ればぁ」と間延びした声で言った。
 俺たちはブロードに続いて部屋に入り、タフタパーティーと勇者パーティーのメンバーが一堂に会することになる。
 広い部屋なので九人いても圧迫感は少ないけど、それ以上に緊張感が凄まじかった。
 険悪な仲ということもそうだし、何よりここにいる全員が腕利きの冒険者だから。
 するとタフタは、遅れて俺の存在に気が付いた。

「あらっ? その道具師まだ生きてたのね。魔王討伐の祝賀会にいなかったから、てっきり死んだのかと思ってたけど」

 次いで奴は、わざとらしく「あっ」と何かに気付いたような反応を見せてから続ける。

「ひょっとして祝賀会に連れて来なかったのは、ありふれた生産職の道具師が同じパーティーの仲間だって周りに知られたくなかったからかしら? せっかくの晴れ舞台だものね。道具師なんか連れて歩いてたら見映えも悪くて恥ずかしいし、異物はなるべく排除したいのはすごくよくわかるわよ」

 あからさまに悪意だけが込められた台詞。
 すっかり聞き慣れたものだと思っていたけど、さすがに気分が悪くなった。
 同じようにビエラたちも険しい顔つきになるが、ブロードは何も言い返さずに冷静な表情を貫いている。
 タフタは挑発が不発になったことで気分を害したのか、打って変わってつまらなそうに言った。

「で、いったいなんの用なのよ? わざわざ勇者パーティー様が私たちのところに来るなんて。あの山の上のデカスライムの情報でも教えてほしいとか? 言っておくけど、あんたらに話すことなんか何もないし、言ったところで勇者パーティー様でもどうしようも……」

 ない、と続けようとしたのだろうが……
 その声を遮るようにして、ブロードが言った。

「水源を汚染している魔物なら、もうとっくに倒したよ」

「……はっ?」

 タフタだけでなく、奴の他の仲間たちも一様に目を見張る。
 なんの冗談だと言わんばかりの視線を向けられたため、ブロードは重ねて奴らに伝えた。

「もうすでにギャバジン町長にも討伐完了の報告が済んでいる。報酬は後日受け渡しになるそうだ。嘘だと思うなら後で確かめに行ってみるといい」

 驚愕による沈黙がこの部屋に一瞬だけ訪れる。
 ブロードの自信のあらわれから、本当にマラケシュ山のスライムを倒したのだとタフタたちは信じたらしい。

「ど、どうやって、あの化け物を……?」

「いくらてめえらでも、こんなに早くあの怪物を倒せるはずが……」

 奴らが驚いた様子を見せる中、ブロードは心なしか得意げになって、俺のことを手で示した。

「あぁ、君たちの言う通り僕たちが倒したわけじゃない。倒したのは……ここにいる道具師のフェルトだよ」

「はあっ!?」

 全員の驚愕の視線がこちらに殺到する。
 さすがに居心地が悪いと思ったけれど、ブロードの真意が少しずつわかってきたので耐えてその場に留まることにした。
 続けてブロードが説明をする。

「僕たちが現着した時にはすでに魔物は倒されていたんだ。フェルトが色々な道具を駆使してね」

「あ、ありえない! ただの道具師ごときがたった一人で、あの化け物を倒した!? つまらない冗談はやめなさい!」

 タフタは俺が倒したことを認めたくないのか、またも珍しく声を荒げながら言ってくる。
 それに対してブロードはやはり余裕の笑みを崩さず、強い自信を持って返した。

「冗談なんかじゃない。フェルトにはそれだけの実力がある。勇者パーティーの一員に恥じない力を持っているんだ。だって彼こそが勇者パーティーを裏で支えていた陰の英雄であり、魔王討伐において最大の功労者だったんだから」

 タフタとその仲間たちは、悔し気に歯を食いしばって俺の方を見てくる。
 ここでようやくブロードが何をしたかったのか、俺は気付くことができた。
 タフタのところに俺を連れてやって来たのは、おそらくこれを言うためだったのではないだろうか。

「君たちは祝賀会の時だけじゃなく、いつもフェルトのことを侮辱していたよね。ありふれた生産職の道具師として、彼のことを常に下に見続けていた」

 顔をしかめて黙り込むタフタたちに、ブロードはさらに続ける。

「でも今回、君たちが敵わなかった魔物を、フェルトはたった一人で討伐してみせた。これでフェルトの実力は充分に証明されたし、君たちも自分たちが間違ったことを言っていたとよくわかったんじゃないかな」

 そこでタフタはしかめていた顔を崩し、心なしか引きつった笑みを浮かべた。

「ハッ、何よ。わざわざそんなことを伝えるためにここに来たってわけ? 間違ったことを言っていた私たちに謝ってでもほしいってこと? 言っておくけどそこの腰巾着の役立たずに言うことなんて一つもないわよ」

「別に謝罪を期待してこれを伝えに来たわけじゃないよ。そもそも謝ってくれるとも思ってなかったし」

 ブロードは肩をすくめた後、意味ありげに笑みを深める。
 そして……

「ただ、君たちに知っておいてほしかっただけだ」

 ここに俺を連れて来た意味、憂さ晴らしと言ったその真意を、みんなの前で明かした。

「フェルト・モードという人物が、君たち四人が束になっても敵わない、圧倒的に格上の存在だっていうことをね」

「……っ!」

 タフタたちはまた強く歯を食いしばる。
 自分たちが無理だと諦めた魔物討伐を、下に見ていた道具師一人に解決されたと知ったら、その怒りも納得できた。
 奴らは町長さんから大金もせしめる予定だったので、それをせき止められたのも気に食わないんじゃないかな。

 これはもはや、ブロードだけの憂さ晴らしではなく、俺の憂さ晴らしにもなった。
 そこで話は終わり、ブロードたちと一緒に部屋を後にする。
 扉を閉める直前、最後に悔しそうに唇を噛み締めるタフタと目が合ったのだった。