見間違いでなければ、あれは奇形種の『スライム』だ。
 しかもとてつもない大きさをしている。
 例えるならワゴン車と同じくらいだろうか。大型犬よりさらに一回り大きいピケを丸呑みにできそうなほどの大きさだ。
 もしかしてこいつが、魔力水の水源を汚染している魔物?
 だとしたら色々と納得できるけれど、想像以上に厄介な状況であることもわかってしまったぞ。

 スライムと聞くと、前世のゲームを思い出す。
 ファンタジー系のゲームでよく登場していた魔物で、弱くて大量生息しているイメージが強いが、この世界のスライムはそれとは正反対な存在だ。
 希少で生息数も少なく、魔物としては上位の強さと厄介さを持ち合わせている。
 ヘドロのような半液状のその体は、様々な毒素を持ち、おまけに強烈な溶解性まで兼ね備えている。
 触れたあらゆるものをドロドロに溶かしてしまうため、武器や道具が壊されてしまうのはもちろん、人体で触れれば毒に侵されて取り返しのつかないことになってしまう。
 毒性が強すぎて聖女の高度な解毒魔法までも治療に時間が掛かるほどだ。

 と、ここまではスライムの攻撃性について語ったが、防御性についても他の魔物とは一線を画している。
 スライムの半液状の体は熱や冷気、電気に強い耐性を持ち、どのような環境にも適応できる万能生物となっている。
 当然、属性系の魔法も効果が薄く、討伐する方法は物理的な手段に限られてしまう。
 ただその場合、接近を余儀なくされるので、スライムの手痛い反撃を食らう危険性が生じるのだ。

 またスライムは、自らの身に危険を感じると、防衛本能によってその体を爆散させて数十体もの分裂体を生成する。
 その一体一体に意思があり、付近の人間たちに飛びついて毒素と溶解性で耐えがたい苦しみを与えるとされているのだ。
 知識なく下手にスライムに挑んで、分裂体に纏わりつかれて骨も残らなかった冒険者は数知れないと聞く。
 そのためスライムを見つけたとしても、下手に刺激せずにどこかへ行くのを待つのが最善だと伝えられている。

「なるほど、タフタたちでもどうにもできなかったわけだ」

 スライムが相手となると、さしものタフタパーティーでも根を上げてしまうのも無理はない。
 しかもあの大きさだからな。
 あそこまで成長が進んだスライムは見たことないし、毒素と溶解性も極限まで高められているだろうから、下手に挑めば死人が出ると言っていたのも頷けるな。
 けど俺はここで諦めるわけにはいかない。
 倒さなければ水源の汚染が解決されず、高濃度の魔力水がいつまで経っても手に入らないのだから。

「さて、どうしたもんかな」

 幸いスライムはこちらに気付いていないようなので、落ち着いて考える時間はある。
 ピケが警戒心全開で唸り続けていたので、いったん落ち着いてと言うように白い頭を撫でてあげた。
 するとピケはピタッと声を止めて、なでなでの方に集中してくれる。
 俺も気持ちが落ち着いたところで状況の整理だ。

 見たところスライムの体の毒素が、接地面から地中にまで染み込んでしまっているらしい。
 そのせいで地中に流れる雨水を毒素で汚してしまっているようで、それが魔力水の汚染に繋がっていると考えられる。
 だからこのスライムさえ倒してしまえば、毒素の浸透は止まり、地中に残された毒素もじきに雨水に流されて完全に消えることだろう。

 ただ、こんな大きさのスライム、いったいどうやって討伐すればいいのだろうか?
 一応物理的な攻撃は通用し、体内に心臓となる核が存在するらしいので、武器を使って核を破壊するという倒し方がセオリーだと聞いたことがある。
 また接近するのが危険なため、なるべく弓矢や投石といった遠方からの攻撃手段を用いることを推奨されていたはずだ。
 実際に一度だけスライム討伐の場面に立ち会ったことがあるが、その時は弓矢と投石を駆使してヘドロの体を削っていき、核を剥き出しにしてから倒していたっけ。

 しかしあの大きさのスライムに同じ手が通用するだろうか?
 小さなスライム相手ならば、人数と時間をかければそれでいいだろうが、あの巨体にちょっとやそっとの矢と石はほとんど意味がない。
 そもそも俺の手持ちにある戦闘用の道具は、炎の短剣と身体強化の指輪、それに爆弾と罠が少々といったところである。
 これらはスライムには通用しないだろうから、別軸での討伐方法を模索した方が良さそうだ。

 そもそも討伐ではなく撃退という手段を取るのはどうだろう?
 この山から退かしてさえしまえば、汚染自体は解決するのだから。
 と、一瞬だけ頭をよぎるけど、その場合どうやってこの山から下ろすのかという新たな壁にぶち当たることになってしまう。
 緊急脱出用の道具である友鳥(ゆうちょう)の美卵(びらん)を使っても、魔力の鳥はスライムに長い間触れることはできないだろうから意味はないし。
 それ以前にあれだけ危険な生物を、その場しのぎのために別の場所へ追いやるのはさらなる危険を生む可能性が出てくる。
 幸いこの辺りには人が来ないから、特に大騒ぎにはなっていないけど、人里の方まで下りていってしまったらスライムの犠牲になる人だって出てくるかもしれない。

「ま、倒すしかないよな」

 討伐の方向で改めて頭を回し始めるが、やはりいい策は思いつかない。
 なんでよりにもよってあんな厄介な生物が、大事な水源の山に生息してるんだよ。
 基本的に魔物は、魔素と呼ばれる不可視の力が集合することで生み出される。
 そのため魔素が多く集まる森や山や洞窟なんかに無作為に出没するものだ。
 だからここに現れる可能性も充分あるし、そのことに憤るのは筋違いではあるのだが、今だけは少し怒らせてほしい。
 せめて“毒素”なんて要素がなければ、ただこの山奥でひっそりと生きているだけの無害生物だったんだけど……

「んっ、毒?」

 不意にその単語に引っ掛かりを覚える。
 同時にある人物との会話が自然と脳裏に蘇り、俺はハッと息を飲んだ。

『その薬草で作った薬は、百病百毒に効くと言われていて、実際に多くの病人や被毒者を元気にしている万能薬と知られています』