別に、お金を騙し取られそうになっている町長さんを助けようと思っているわけじゃない。
助けたいだけなら、今からあの酒場に戻ってタフタたちの思惑を告げ口してしまえばいいだけだから。
じゃあ散々俺たちの邪魔をしてきたタフタたちに仕返しをするためかと問われると、それにもかぶりを振らせてもらう。
そう、俺はただ純粋に、“素材”が欲しいだけなのだ。
道具師として、道具製作に使うための希少な素材が。
バブルドットの水源が汚染されたままでは、いつまで経っても高濃度の魔力水が市場に普及せず、思うように買うことができない。
だから俺が、水源を汚染している魔物を倒しに行く。
『やはり実力と名声を兼ね備えた剣聖ツイードや、勇者ブロードのパーティーに任せた方が確実だったんじゃないか?』
いや、もしかしたら……
俺は何かを証明したのかもしれない。
魔王討伐を果たした勇者パーティーの名声は、すでに世界全土に轟いている。
勇者ブロード、賢者ビエラ、聖騎士ラッセル、聖女ガーゼの四人は名実ともに英雄となったのだ。
そこに名前を刻むことを望まなかったのは俺だから、こんな気持ちになるのはお門違いと言えるけど。
悔しくて、それでいてなんだか寂しい。
だから俺も、あいつらの仲間だって証明したいのかもしれないな。
勇者パーティーに任されるはずだった、今回のバブルドットの水源汚染を解決して。
「ただ、一つ問題があるな……」
俺は宿屋から出て、近くの小道で闇夜の外套を脱ぎながら眉を寄せる。
水源を汚染しているらしい魔物は、あの一線級であるタフタのパーティーが討伐困難と断定するほどの化け物だ。
果たして俺一人で討伐することができるだろうか?
懐に残されている道具も数が少ないし、新しい道具を作ろうにも素材と時間が足りない。
もたもたしていたらバブルドットの水源汚染が世間に知られて、町中もパニックになり高濃度の魔力水を手に入れられる状況ではなくなるだろうから。
いったいどうしたら……
――ペロッ。
「……ピケ?」
抱えているピケが、不意に俺の手元を小さな舌で舐めてきた。
目を落とすと、ピケは眼下からくりっとした瞳で視線を返してくる。
そして何か言いたげに、じっとこちらの目を見据えてきた。
「もしかして手伝ってくれるのか?」
今の俺の状況を察して、助け船を出してくれようとしているのかな?
もしそうなら百人力だし、すごく助かるんだけど。
まさかと思って問いかけてみると、ピケはまるで頷きでも返すみたいにペロペロと俺の頬を舐めてきた。
「……ピケ、ちょっとだけお前の力を貸してくれ」
無茶なことはさせないし、今回は俺が前に出て戦うから。
きっと二人なら大丈夫だ。
「いい汗かいて、一緒に気持ちいい温泉に入ろう」
俺は一つの信念を胸に、ピケと共に水源汚染の一件をひっそりと解決することにしたのだった。
バブルドットの名産である高濃度の魔力水は、地下水脈から汲み上げていると聞く。
しかしその水は地下から湧いているわけではなく、町の近くにあるマラケシュ山で溜まった雨水などが地層を通って地下に流れ着いているものらしい。
そのため水源はマラケシュ山そのものということになり、汚染の原因である魔物は山のどこかにいることになる。
軽く下調べをしてそこまでわかると、俺とピケはさっそくマラケシュ山に向かうことにした。
「へぇ、馬車が出てるのか。これはありがたい」
どうやら山の中腹辺りまでは道もそれなりに整備されているらしく、馬車が出ているとのこと。
中腹からはバブルドットを見渡すことができて絶景が拝めるからと、観光客がよく足を運ぶそうだ。
でもそれなら、どうして魔物の目撃情報がまったく出回っていないのだろう?
町長さんからしたら騒ぎになっていないから好都合なんだろうけど、もしかしてくだんの魔物はさらに上の山頂付近にいるのだろうか?
ともあれ馬車が出ているということなので、ありがたく使わせてもらうことにした。
「一人300クローズね。ワンちゃんはおまけしといてあげるよ」
御者さんにサービスされながら、俺とピケはマラケシュ山へ向かう馬車に乗り込む。
そしてゆらゆら揺られることおよそ三時間で、山の麓まで辿り着いた。
鬱蒼とした斜面と均された一本道が目に映る。
ここに、バブルドットを密かに窮地へと追い込んでいる恐ろしい魔物がいるとは、一見しただけではまったくわからない。
特に魔物の気配もないので、安全管理もきっちり行われているようだ。
馬車はそのまま道を進んでいき、やがてマラケシュ山の中腹まで辿り着くと、同乗者たちは特に警戒することもなくその場で降りた。
次いで皆は一様に、山の中腹から見えるバブルドットの町を一望し始める。
確かにいい景色だ。
バブルドットは美しい町としても知られているので、その全貌を一目で把握できるこの場所が絶景スポットとして伝えられているのも納得である。
もしバブルドットの名産である魔力水の源が、魔物によって汚されていると知られたら、この絶景を楽しんでいる人々の平穏な様子も見られなくなるのか。
ブロードのお人好しでも移ったのか、ささやかな使命感が密かに湧いてくる。
「あれ、兄ちゃんとワンちゃんは乗らないのかい?」
「あっ、はい。俺たちは自分の足で戻ろうと思います」
時間が経ち、馬車はお客さんを乗せて町に戻ることになったが、俺とピケはそれに乗らずに見送った。
俺たちにはまだやることがあるから。
料金は往復分だったけど、まあピケの分をおまけしてもらったので結果的にはこれでチャラだ。
山の中腹に人の気配が無くなった後、ピケは元の大きさに戻り、一緒にさらに上を目指して歩き始める。
ここより先は人の手があまり介入していないのか、木々が生い茂っていて足元も荒れておりなかなかに険しい道となっていた。
足を取られないように注意しながら、俺とピケは慎重に進んでいく。
時折休憩も挟みながら、大体一時間ほど歩いたくらいだろうか。
それなりに拓けた場所へと出た。
「なっ――!?」
そこにあったものを見て、俺は人知れず息を飲む。
おそらくこの辺りに立っていたであろう木々たちが、半ばから折れてそこら中に倒れていた。
ここだけ局地的な台風に遭ったかのような、なんとも奇妙な光景である。
何より倒れている木々は、風に扇がれて倒れたのではなく、根元の辺りがドロッと溶けていてそれで倒れたみたいだった。
他の場所より僅かに拓けていたのは木々が倒れていたからのようだが、酸でも浴びたかのような溶け方をしているのはなぜなんだ?
と、疑問に思っているその時、ピケが遠方の茂みを見据えながら唸り声を漏らし始めた。
釣られて俺もそちらに視線を移し、目を凝らしてみる。
するとそこには……
「……スライム?」
意思を持って動くヘドロとも言うべき、紫色の半液状の生物がいた。

