「えっ?」

 少女は足を止め、つぶらな瞳を見開いてこちらを振り返る。
 お返しというわけではないけど、俺の方もこの森にいた理由と、代わりに採りに行くと提案したその意味を話すことにした。

「俺、生産職の人間でさ、道具作りのためにこの辺りの薬草を集めてるんだ。それで話を聞いてたらその薬草のことも気になってきたから、採取しに行こうかなって思ってね。そのついでに君の分も」

 この子の身の上を聞いて可哀想と思ったのももちろんだ。
 でもそれと同じくらい、話に聞いた薬草のことも気になってきた。
 万能薬の薬草。生産職の人間からするとなんとも心躍るフレーズだ。
 それを素材として道具作りに用いたら、いったいどんな道具を作り出すことができるだろうか。
 道具師として是非とも手に入れておきたい一品である。
 そのついでにこの子のお母さんのための薬草も採って来ようかなと思って、俺は少女に提案したのだった。

「そ、そんな悪いですよ! 私の分まで採ってきていただくなんて。ただでさえ希少素材と言われていて見つけづらいのに。それにお一人で森の奥に行くなんて危険すぎます」

「君がそれを言うのか……」

 ナイフ一本と『隠密』スキルだけで魔物の目を掻い潜ろうとした少女には言われたくない。

「大丈夫。俺にはピケもついてるし、多少なら俺自身も戦闘の心得があるからね。森の探索くらいなんてことないよ」

 その薬草の希少性についても、俺の運の良さがあるからたぶん簡単に見つかるだろうし。
 すると少女は申し訳なさそうにあわあわと口を開閉している。
 採ってきてもらうつもりで身の上を話したわけではないだろうし、同情を買うつもりだって微塵もなかっただろうから、俺からの提案を受けて戸惑っている様子だ。
 すると今度は少女の方から唐突な提案を出してくる。

「わ、私も何かお手伝いさせてください!」

「手伝い?」

「ただ薬草を採ってきていただくのは申し訳ないなって思って。足手まといだというなら無理にはついて行きません。でも何か私でもお手伝いできることがあれば、なんでも言ってください!」

「うーん、って言われてもなぁ……」

 正直彼女の言った通り、足手まといになってしまう可能性の方が高い。
 けどじっと待っているだけになるのが申し訳ないと思うのもまた理解できる。
 少女は身をもって森の奥地の危険性を知っただろうから、そこに俺とピケだけを向かわせるのは心苦しいと感じるのも当然だ。
 まあ、“あれ”とか渡しておけば別に大丈夫か。

「……わかった。じゃあ道案内をお願いしようかな。森の深部のどの辺りにその天涙草(てんるいそう)が群生しているのか俺はよく知らないし、そもそもそれがどんな見た目をしているのかも判別できないと思うから」

「は、はい、任せてください!」

 少女は戸惑っていた顔を今度は嬉しそうに笑顔に変えて、ドンと胸を張った。
 喜怒哀楽がわかりやすい子だ。
 聞けば例の薬草についてよく調べたと言っていたし、彼女は薬草探しでとても貢献してくれるはず。
 同行してもらう方が確実にメリットがあるだろう。
 そんなこんなあって俺たちは一緒に森の奥地を目指すことになったが、遅れてあることに気が付いた。

「そういえば自己紹介が遅れたね。俺の名前はフェルト。それでこの子はピケ」

「私はバラシアです。バラシア・ドレッシーと言います。よろしくお願いしますフェルトさん、ピケちゃん」

 名前を呼ばれたピケは耳をピンと立たせて、綿あめのような純白の尻尾をふりふりと振り始めた。
 ていうか何も考えずに自分の名前をそのまま伝えちゃったけど、勇者パーティーにいた道具師のフェルトって気付かれなかったな。
 もしかして俺の知名度が低いから?
 だとしたら気を遣わずに名前を明かせるからいいけど、それはそれでなんだか複雑だと俺は人知れず思ったのだった。

 バラシアと知り合い、ピケも合わせた三人で森の奥へ進むことになった。
 万能薬の薬草と言われている薬草を求めて、魔物が蔓延る深部を目指していく。
 ただ本格的に深部に入る前に、俺はバラシアにあるものを渡しておいた。

「バラシア、奥に進む前に、まずはこれを着てくれないかな」

「はいっ?」

 俺はアイテムウィンドウを開き、その中から黒々としたマントを取り出す。
 それをバラシアに手渡すと、彼女は怪訝な顔でマントを見つめた。

「な、なんですか、この黒いマントは? 悪者が着ていそうな禍々しさがありますね」

「『闇夜の外套』っていう道具だよ。これを羽織れば存在感を希薄にできて、魔物に気付かれにくくなるんだ」

「おぉ、なんだか私の『隠密』スキルみたいですね!」

 バラシアは感心したようにつぶらな碧眼をキラッと輝かせてマントを広げて見る。
 次いでワクワクした様子で闇夜の外套を羽織り始めたが、途端にその手を止めてきょとんと首を傾げた。

「あれっ? でもそれだと、植物種の魔物には気付かれてしまうのではないですか? 確か周りの温度の変化で生き物の気配を探るから、私の隠密スキルも見破られてしまったと……」

「よく覚えてるね。でもその心配はいらないよ。だってこの外套、人の体温まで包み隠してくれるから」

「えっ!?」

 それだけではない。
 姿は薄れさせるどころか完全に見えなくなるし、足音ももちろん抑えてくれるし、臭いも外部に漏れずに存在感を完璧に覆ってくれる優れ物だ。
 隠密スキルの完全上位互換のような効果を持っていると思ってもらっていい。

「そ、そんな便利な道具があるんですか……! というか、それだと私の力の存在意義が……」

「まあその分、作るのがめちゃくちゃ難しい道具なんだけどね」

 元々、闇夜の外套は姿をほんの少しだけ薄くするというだけの道具だ。
 その製作の際に、『レイス』という死霊種の魔物が稀に落とす残存素材――『霊界の羽衣』を用いると隠密性能が飛躍的に向上する。
 ただ霊界の羽衣は市場でもまったく出回っていないほどの希少素材で、また加工も難しく道具製作に用いるのが困難と言われている。
 俺の場合は運の良さで、レイスからバンバン霊界の羽衣が出て、加工の練習もできたから道具製作に使えたけど。
 おかげで超隠密性能を宿した闇夜の外套を作れて、勇者パーティーでの冒険中も何度も活躍してくれた。

 魔物との戦闘を極力回避するのが、冒険で長生きする一番の秘訣だし。
 というわけで俺とバラシアは闇夜の外套を羽織り、存在感を完璧に消した。
 体の大きいピケは外套を羽織れないため、小さくなってもらって俺が抱っこする形になる。
 これで安全に森の奥地へ進むことができるようになったが、俺は念のためにバラシアにもう一つ道具を渡しておくことにした。

「あと一応、この卵も持っておいて」

「わぁ、きらきらしていて綺麗な卵ですね。これも何かの道具なんですか?」

「うん。『友鳥(ゆうちょう)の美卵(びらん)』って言って、これを割ると中から魔力でできた鳥が生まれるんだ。その鳥が最寄りの人里まで一瞬で送り届けてくれるから、もし危ない状況になったら迷わず割って」

「い、一瞬で!?」

 バラシアは驚愕の眼差しで手元の卵を見つめる。
 これも元々は魔力の小鳥を召喚して、少しの間荷物を運んでくれるだけの道具だったが、レア素材を使って性能を底上げしたら町まで一瞬で送り届けてくれる道具に激変した。
 ようはテレポートアイテムとかファストトラベルアイテムだと思ってもらえばいい。
 緊急時の逃走手段として勇者パーティーにいた頃も重宝していた道具で、バラシアの安全を保障するために持たせておこうと思った。

「こ、これ全部、フェルトさんが作った物なんですよね?」

「うん、そうだけど、何かおかしかったかな?」

「道具作りをしているとは仰っていましたけど、まさかこんなにすごい方だとは思いませんでした。これだけ便利な道具をたくさん手掛けることができるなんて」

「……ま、まあ、それほどでも」

 バラシアから尊敬するような眼差しを向けられながら、俺は気恥ずかしさと動揺を一気に味わうことになる。
 褒めてもらえるのは素直に嬉しいけど、これは少しやりすぎてしまったかな?
 さすがに色々と便利な道具を出しすぎて、勇者パーティーにいた道具師ということに気付かれてしまうかもしれない。
 なんて危惧は杞憂にすぎず、バラシアは何の疑いも持っていないような無邪気な表情で問いかけてきた。

「この辺りの薬草を集めているのも、何か作りたい薬とかがあるからということですか?」