冒険者定食を食べ終わり、ストライブの町にやって来た目的を果たした。
 次の目的地は決めていないけれど、とりあえずは道具師として色々な道具を手掛けてみたいから、素材が豊富な土地に向かおうと考えている。
 数千種類の薬草が群生している森林地帯『モアレ地方』。特殊な魔力が宿った水源を保持している水の都『バブルドット』。魔物だらけだが様々な鉱石が採掘できる鉱山『ヒッコリー山』。
 どの土地もすごくワクワクさせてくれる要素ばかりだ。生産職の人間であり元クラフトゲーオタクの俺としてはまさに宝の山。

 まだ見たことない素材を採取して、色々な掛け合わせを試して、新しい道具を次々と生み出していく。これこそクラフトゲーの醍醐味。
 せっかく異世界に来て道具師という天職を授かったからには、この力を全力で楽しみたい。
 まあそのための旅費を稼がなければいけないので、しばらくこのストライブの町を拠点に資金調達をしなければいけないけど。
 というわけで、俺は翌日から道具作りとその売却を行うことにした。

 先日手に入れた奇怪樹の葉を素材に安らぎの良薬を製作し、宿屋近くの買取屋に持っていくことにする。
 しかし、ここで一つトラブルが発生した。

「一つ50クローズだねぇ」

「えっ!?」

 買取屋の主人であるおばあさんに傷薬の鑑定をしてもらうと、なんと50クローズという金額を提示された。
 参考までに言っておくと、買い取り額50クローズは普通の安らぎの良薬一つと変わらないくらいである。
 レア素材を使って作った特製の傷薬のはずなのに、激安の定食ならぎりぎり食べられるかどうかという金額にしかならないなんて。

「ど、どうしてその値段なんですか? とてもいい素材を使っていて、治癒効果も上がっているはずなんですけど……」

「うぅーん、私の鑑定魔法だと、ただの安らぎの良薬にしか見えないからねぇ。相場の50クローズしか出してあげられないんだよぉ」

 買取屋のご主人は細々とした声で申し訳なさそうに言ってくる。
 このおばあさんは【鑑定師】の天職を持っているらしく、道具や武器の性質を見抜く鑑定魔法が使えるらしい。
 それを生かして買取屋を営んでいるようだが、どうやら俺の作った特製の傷薬は性質を見通すことができないようだ。
 確か鑑定魔法は複雑な道具や武器ほど、見抜くために魔法の練度が必要になると聞いたことがある。
 どうやらレア素材を使って性能を底上げしても、おばあさんの鑑定魔法ではそこまで見抜くことはできないらしい。

「実際に薬の効果を試そうにもねぇ……」

「まあ、それは難しいですよね」

 傷薬の性能を治験するなら、相応の怪我人が必要になる。
 都合よくそんな人物がいるはずもないし、自分で自分を傷付けて効果を実証しようにもさすがに怖さが勝る。
 この特製の安らぎの良薬を正しく鑑定してもらうのは難しそうだ。

「すまないねぇ。私の腕が鈍いばっかりに」

「いやいやそんなことは……!」

 俺が複雑すぎる道具を持ち込んでしまったのがいけないのだ。
 道具を高値で買い取ってもらうには、もっといい素材や道具が出回っている場所で鑑定してもらうしかないらしいな。
 できればここで買い取ってもらって、旅費の足しにしたかったけど。

「どうしてもって言うんだったら、あまり高い金額をつけることはできないけど、一つ100クローズでどうだい?」

「そ、そうですね……」

 100かぁ……。
 正直、割には合っていないと言える。
 低く見積もってもこの傷薬は、強力な治癒性能と身体強化の効果が宿っていることから500クローズは固いだろう。
 それでもだいぶ譲歩している方なので、俺が100クローズで渋っているのも仕方がないことだった。
 ただまあ……

「……じゃあ、一つ100クローズでお願いします」

「はいよ」

 俺はその金額で手を打ち、今回作ってきた五つの傷薬を合計500クローズで買い取ってもらったのだった。
 希少な素材を使っていることから、本当に割には合っていない。
 けど少なくとも旅費の足しくらいにはなるし、俺の場合はレア素材がガンガン手に入る幸運体質なのでそこまでの痛手ではないのだ。

 何よりここでこの傷薬を売れば、自ずとこの町で活動をしている駆け出し冒険者たちの手元に届くことになる。
 この傷薬はきっと彼らの助けになるはずなので、役立ててもらえたらと思ってこの金額で手打ちにしたのだった。
 せっかく鑑定して譲歩までしてくれたこの方にも悪いし。
 まああまり貴重な道具を安値で売り続けたら、すでに築き上げられている色々な物の価値などが一変することになってしまうので、これからは控えるようにするけど。

 それから俺は、レア素材を用いた高性能の道具はここでの売却に適していないと判断し、普通の安らぎの良薬で地道に資金を稼ぐことにしたのだった。
 森で素材を採取して、薬を作って、買取屋に持っていく。

 そんな生活を続けて早三日。
 ストライブの町で、何やら不穏な噂が流れているのを耳にした。

「あの買取屋に売ってた『聖なる秘薬』の出処はわかったのか?」

「んっ?」

 冒険者食堂の『小鳥たちのさえずり』で、相変わらず激安の冒険者定食を食べている最中のことだった。
 隣の席で話をしている二人の男性冒険者の会話が聞こえてきて、俺はふと耳を傾ける。
 盗み聞きという悪趣味があるわけではなく、なんとなく頭に引っかかる会話の導入だったから。

「まだなんにもわかってねえよ。買取屋のばあさんも結構な歳だから、誰が売ったもんかもいまいち覚えてねえらしいし」

「まあ無理もねえか。だとすると直近で買取屋に出入りした奴らを片っ端から当たってくしかねえみたいだな」

 おばあさんが営んでいる買取屋?
 なんだろう、嫌な予感がする。
 その予感が的中していると言わんばかりに、男性冒険者たちの口から驚きの事実を聞くことになった。

「驚異的な治癒効果に加えて、一時的とはいえ使った駆け出し冒険者たちを一級冒険者並に強くすることができる秘薬。俺もそれがあれば滞ってる依頼をまとめて片付けられるってのによ!」

「大勢の駆け出したちも同じことを思ってるだろうよ。つーかギルドでももうだいぶ噂になってるみたいだからな。出処がわかっても手に入れるのは難しいんじゃねえか」

「……」

 俺は冒険者定食のパンを水で流し込むと同時に、密かに息も飲む。
 それ、絶対に俺が作った薬だ。
 この前買取屋に売った安らぎの良薬は、奇怪樹の葉を加えて作った特別製で、高い治癒性能と身体強化効果が付与されていた。
 彼らが話している『聖なる秘薬』という物の特徴と完全に一致する。
 なんだよ『聖なる秘薬』って……。
 ていうかギルドでも噂になってるの?

「早いとこ製作者を突き止めて、秘薬を大量生産してもらうぞ」

「ギルドの連中もギルド専属として引き入れるために動いてるみたいだからな。正体を突き止めてその情報も高値で売ろうぜ」

 男性冒険者の二人はご飯を流し込むように食べ終えると、早々に食堂を後にした。
 その姿を見送りながら、俺は人知れず冷や汗を滲ませる。
 これはどうしたもんか……?
 まさかあの傷薬がそこまで話題になるとは思わなかった。
 よもやギルドでも噂になって、製作者の捜索まで始まっているなんて。
 これはひょっとしたらまずいかもしれない。
 俺があの薬を作ったとバレたら少々面倒なことになってしまう。

 同じ生産職の人間に、執拗に薬の作り方を聞かれたり……
 薬の効果を聞きつけた冒険者たちに、個人的な依頼を大量に出されたり……
 最悪、下手に注目されて勇者パーティーにいた道具師と正体を看破される可能性も……
 悠々自適で平穏な日々を送るためにも、聖なる秘薬の作り手が俺だとバレるわけにはいかないな。

「ピケ、ちょっと急いでご飯食べるよ」

 そう言うと、俺は早々に定食を食べ終えて、同じタイミングで皿を空にしたピケと食堂を出た。
 そして町の馬車乗り場に向かって歩き始める。
 少し予定より早くなってしまったが、今日ストライブの町を離れようと思う。
 買取屋に道具を売りに行くのももう難しいだろうし、あまりこの町に長居すべきではないと考えたから。

 にしてもあの薬、そこまで騒がれるような性能をしていたのか。
 自分の道具を勇者パーティー以外の人たちに使ってもらうのって、なんだかんだ初めてのことだからあまり意識していなかった。
 これからはもう少し慎重に自分の道具を売却したり、素性がバレないように立ち回るようにしないと。
 ただ一応言っておくと、俺は誰かに頼ってもらうこと自体は別に嫌なわけではない。
 むしろ生産職として評価してもらえている現状については、人知れず嬉しく思っている。
 しかし俺はあくまで気ままな異世界旅を満喫したいので、どこかの専属になったり個人的な依頼を引き受けるつもりは毛頭ないのだ。

「ピケ、またここに来ようね。今度はブロードと一緒に」

 少しの間ではあったけど、道具作りと売却に注力したのでそれなりに懐も温まった。
 これならそれなりに遠くの町まで充分行けるはず。
 俺はピケと一緒に馬車乗り場に向かい、少々慌ただしくなってしまったが、第一の町であるストライブを離れたのだった。