「わたし、お姉ちゃんを責めたの。お姉ちゃんがいじめられるのは、いつも他人を見下してるせいだって。いじめられて当然だって、わたし、意地悪を言ったの。お姉ちゃんは家族も見下してたから……」
ぼろぼろと泣きながら階段を下りてきたのは四季だった。
「あらためまして、葉子の妹の美樹です。四季さんに頼み込んで、なりすましさせてもらいました」
胸にナイフを刺したまま、シャツから血を滴らせたまま、四季ならぬ美樹は、一来に頭を下げた。
「だれかにそう言ってもらいたかった。ありがとうございました」
「あきれた。……大五も関わってるのね」
大五は両手で頭をおさえて呻いた。
「関わってるけど……まいったな。いじめっ子グループを断罪したいのかと思って美樹に協力してたんだ。醜く罵りあうのを見たいのかと思ってた。本気でだれかを生贄にする気はもちろんなかった。おれも責められて焦ったよ。……いや、おれも無関係なわけじゃないけど」
ナイフと血糊は芝居の小道具。電気はレンタルの発電機をつないだ。加工した戸は電流を通して強力な磁石で開閉を制御した。猫耳少女の正体は美樹。機器や照明は美樹がポケットに入れておいたリモコンで操作したと大五が明かす。
美樹は涙でぐしゃぐしゃになった顔を手で拭った。
「最初は供養になると思ったの。いじめっ子グループが醜く罵りあうところを天国のお姉ちゃんに見せたかった。それから、お姉ちゃんのことをみんなどう思ってるのか知りたかった。……ううん、悪口が聞きたかった。でもそんな姿を眺めているうちに、気づいた。責められるべきは自分だってこと。ずっと苦しくて……ずっと言いたかった。さっきわかったの、『みんな』のなかにきっとお姉ちゃん自身も入ってたこと」
「美樹」
大五は美樹の肩に手をまわして体を引き寄せた。突然のことに動揺を隠せないようすだった。
「大五が告白してきたのも、最初はいたわりの気持ちと呵責からだったことは理解してた」
「いまは……違うよ」
「うん、わかってる」
美樹は意識することなく十五年のあいだずっと、いじめの果てに姉が自死した、かわいそうな妹の役柄を演じてきたのだという。
大五は「まいったな」と頭を搔いた。「成りゆきとはいえ、三保といちゃいちゃしてたことを非難されるんじゃないかと、内心ひやひやしながら演じてたんだぜ、おれ。なあ、もう泣くなよ」
「じゃあわたしも、ついでだから言うけど」一来は明るみはじめた東の空を見やった。「あのころわたしは毎日毎日、来る日も来る日も死ぬことしか考えてなかったの。希死念慮。女王みたいに振る舞ってたのは弱さを隠したかったから。結局死ぬ勇気はなかった。だからだれかに殺されたいと思ってた。葉子に殺してくれないかって頼んだことあるの。断られた。次の日、死なれちゃった。やっぱり追い込んだのは、わたしなのかな。不思議よね、いまは死にたいとは思わない。弱さをさらすのに、いまはためらいがなくなったから、かな」
一来の告白は大五と美樹に向けられたものでありながら独白めいて聞こえた。来し方に思いをはせるように、一来は呟いた。
「無意識のうちに葉子を否定しようとして生きてきたんだろうな」
曙光を浴びる一来はもう女王のようには見えなかった。寝不足で疲れた顔をした、どこにでもいる三十路の人間だ。
大五と美樹はどちらからともなく手を握り合った。
「言っとくけど、結婚式に招待されても行かないから」
一来は軽い調子で言う。
「心配無用です。誘いません」
美樹はぴしゃりと言い返す。一来は聞こえないふりをして続けて言う。
「二次会くらいだったら参加してもいいけど。二葉や三保も誘うなら」
二次会でデスゲームでも始まったらたまらない。そう考えたのか、大五はむきになって断った。
ぼろぼろと泣きながら階段を下りてきたのは四季だった。
「あらためまして、葉子の妹の美樹です。四季さんに頼み込んで、なりすましさせてもらいました」
胸にナイフを刺したまま、シャツから血を滴らせたまま、四季ならぬ美樹は、一来に頭を下げた。
「だれかにそう言ってもらいたかった。ありがとうございました」
「あきれた。……大五も関わってるのね」
大五は両手で頭をおさえて呻いた。
「関わってるけど……まいったな。いじめっ子グループを断罪したいのかと思って美樹に協力してたんだ。醜く罵りあうのを見たいのかと思ってた。本気でだれかを生贄にする気はもちろんなかった。おれも責められて焦ったよ。……いや、おれも無関係なわけじゃないけど」
ナイフと血糊は芝居の小道具。電気はレンタルの発電機をつないだ。加工した戸は電流を通して強力な磁石で開閉を制御した。猫耳少女の正体は美樹。機器や照明は美樹がポケットに入れておいたリモコンで操作したと大五が明かす。
美樹は涙でぐしゃぐしゃになった顔を手で拭った。
「最初は供養になると思ったの。いじめっ子グループが醜く罵りあうところを天国のお姉ちゃんに見せたかった。それから、お姉ちゃんのことをみんなどう思ってるのか知りたかった。……ううん、悪口が聞きたかった。でもそんな姿を眺めているうちに、気づいた。責められるべきは自分だってこと。ずっと苦しくて……ずっと言いたかった。さっきわかったの、『みんな』のなかにきっとお姉ちゃん自身も入ってたこと」
「美樹」
大五は美樹の肩に手をまわして体を引き寄せた。突然のことに動揺を隠せないようすだった。
「大五が告白してきたのも、最初はいたわりの気持ちと呵責からだったことは理解してた」
「いまは……違うよ」
「うん、わかってる」
美樹は意識することなく十五年のあいだずっと、いじめの果てに姉が自死した、かわいそうな妹の役柄を演じてきたのだという。
大五は「まいったな」と頭を搔いた。「成りゆきとはいえ、三保といちゃいちゃしてたことを非難されるんじゃないかと、内心ひやひやしながら演じてたんだぜ、おれ。なあ、もう泣くなよ」
「じゃあわたしも、ついでだから言うけど」一来は明るみはじめた東の空を見やった。「あのころわたしは毎日毎日、来る日も来る日も死ぬことしか考えてなかったの。希死念慮。女王みたいに振る舞ってたのは弱さを隠したかったから。結局死ぬ勇気はなかった。だからだれかに殺されたいと思ってた。葉子に殺してくれないかって頼んだことあるの。断られた。次の日、死なれちゃった。やっぱり追い込んだのは、わたしなのかな。不思議よね、いまは死にたいとは思わない。弱さをさらすのに、いまはためらいがなくなったから、かな」
一来の告白は大五と美樹に向けられたものでありながら独白めいて聞こえた。来し方に思いをはせるように、一来は呟いた。
「無意識のうちに葉子を否定しようとして生きてきたんだろうな」
曙光を浴びる一来はもう女王のようには見えなかった。寝不足で疲れた顔をした、どこにでもいる三十路の人間だ。
大五と美樹はどちらからともなく手を握り合った。
「言っとくけど、結婚式に招待されても行かないから」
一来は軽い調子で言う。
「心配無用です。誘いません」
美樹はぴしゃりと言い返す。一来は聞こえないふりをして続けて言う。
「二次会くらいだったら参加してもいいけど。二葉や三保も誘うなら」
二次会でデスゲームでも始まったらたまらない。そう考えたのか、大五はむきになって断った。