「血、血が出てる……」
「怪我をしたのか」
大五以外は汚物をよけるように後退した。
「四季、大丈夫か!?」
大五が四季の体をそっと裏返すと、全員が声を失った。四季の胸には果物ナイフが突き立っていたからだ。
「どういうこと!?」
一来が大五の肩をつかむ。二葉と三保は数歩後退りして、その場にへたりこんだ。腰が抜けたのだ。
脈を取った大五は出血量を目視して首を横に振った。
「出血が多すぎる。圧迫止血できない。まもなく死ぬ」
「そんなバカな」
「おれは元看護師だぞ」大五はジャケットを脱いで四季の体にかけた。「間に合わないとは思うが……救急車を呼べたらいいんだが」
救急車を呼ぶには携帯が使えるところに移動しないといけない。
一来が出入り口に走った。鍵がかかっていたはずの戸は、今度はたいして抵抗もなく開いた。
「みんな、外に出られるよ!」
二葉と三保ははっとして腰をあげようとしたが、うまく力が入らないようだ。
「……だれが殺したの……?」
「二葉、まだ死んでないよ……」
「でも、この中のだれかが」
「四季が自分でやったかもしれないじゃない。護身用のナイフを誤って自分に刺したのかも」
一来がそう言うと、三保は激しくかぶりを振った。
「看護師だった大五はわかるけど、どうして一来がそう落ち着いていられるの。うまいこと四季を生贄にできたから?」
「そんな!」二葉が膝をがくがくと震わせた。「見逃して、一来。わたしはなにも見てない。殺人現場にもいなかった。わたしはみんなとは違うの。セレブなんだから!」
そう言い置いて、二葉は一来を避けるようにして出て行った。手足がうまく動かないのか、どこか滑稽な動きだった。三保と大五は呆然と見送るしかない。
「電話しそうにないね。わたしが行くしかないか」
舌打ちした一来は自分の携帯を取って外に出ようとする。その背に三保の怒声が飛ぶ。
「そう言って逃げるんでしょ。人ひとり死んでもなんとも思わないんだから、あんたは」
「じゃあ、三保が電話してきてよ。わたしはここで待ってるから」
三保は萎えかけていた足を拳で殴打して立ち上がった。ふらふらした体で、それでもバッグをひっつかむと胸に強く抱えた。横たわった四季と隣でうずくまる大五を見やって「ごめん」と呟くと、そのまま教室を飛び出していった。
三保の足音が完全に聞こえなくなったころ、大五は一来に問いかけた。
「三保、呼んでくれるかな」
「しないでしょ」一来は肩をすくめた。
「達観してるな。……四季、もう瞳孔が開いてる。死んだよ」
大五はジャケットを持ち上げて四季の死を確認すると、重い溜息を吐いた。
「そう……」
一来は机に腰かけた。背を丸めてうつむき、足を投げ出した。
大五が立ち上がり一来の隣の机に腰かけた。
「これからどうする?」
「警察呼んでこようか。ううん、外に行くなら一緒に出よう。お互いに逃げ出さないか見張りあわないとね」
一来は頭をガシガシとかきむしった。
「あのころと同じじゃん。成長してないね、わたしたち」
一来の物言いに大五は思わずといったようすで苦笑した。
「一緒に出てもいいけど、おれのほうが逃げ出すかもよ。駆け足は得意だから」
「いいよ、別に。わたしが四季を廃校に誘ってふたりだけでここに来た、ってことにしてもかまわない」
「どうして」
「だれかが責任を引き受けるなら、わたしでもいいよってこと。まだ名前が出てきていない人の分を引き受けるのもいとわない。時間差で追いかけてきただけだと思えば」
「だけど、四季の胸に刺さったナイフ、一来が持ってきたものじゃないんだろ」
一来は一瞬目を瞠り、ごく短い笑い声をあげた。
「殺人犯にまでなる気はないよ。最後までちゃんと見守るだけだよ。でも」
一来は少し躊躇ったあと、言葉を強引に押し出すように言った。
「大五がわたしを殺す気なら抵抗はできないかも」
大五の視線は一来だけをとらえた。そして立ち上がり、一来に近づく。
一来はふわりと顔をあげて口角だけで笑む。
「四季を誤って殺したあとに、悔悟の自殺をしたって筋書もできるでしょ。どう?」
「まったく」
大五は両手をあげた。降参の意思表示だ。
「考えもしなかったよ。お手上げだ。ちょっと外に出ようぜ。そんな考えがあほらしいって証明にもなるしな。というか、おれも危ないからな。四季の胸からナイフを抜いて、隙を見ておれを刺そうかと一瞬でも考えたんだろ、おまえ」
「さあ、どうかしら」
階段を降りると携帯のアンテナが復活した。一来は大五を仰ぎ見た。
「わたしが電話するね」
「その前に聞いておきたい。さっき『まだ名前が出てきていない人の分』って言ったが、だれのことだ?」
一来が通話ボタンを押す前に、大五は大きな掌で画面を覆った。
「あとほかに、だれがいるんだ?」
「……葉子の家族。名前は覚えてないけど、わたしたちに遺書を見せた妹とか」
「『みんな』の中に家族も入ってると思っていたのか?!」
驚愕のあまりか、大五の声は轟いた。上下左右の階段の壁にうわんうわんと反響する。
「あ、すまん」
「だれもいないからいいけど。葉子は妹にも責められて、どこにも味方はいない、居場所もないって思ったんじゃないかな。みんな他責だったもの。もちろん葉子も含めて」
「一来、おまえ……さすがにひどくないか」
大五が憤りを露わにする。
「葉子がなに考えていたかはわからないけど、死者はもう反駁できないんだ。それに妹さんまで責めるようなことを言うなんて、おれはおまえを軽蔑する──」
「嬉しい!」
聞き覚えのある声が二人の頭上に降ってきた。
「怪我をしたのか」
大五以外は汚物をよけるように後退した。
「四季、大丈夫か!?」
大五が四季の体をそっと裏返すと、全員が声を失った。四季の胸には果物ナイフが突き立っていたからだ。
「どういうこと!?」
一来が大五の肩をつかむ。二葉と三保は数歩後退りして、その場にへたりこんだ。腰が抜けたのだ。
脈を取った大五は出血量を目視して首を横に振った。
「出血が多すぎる。圧迫止血できない。まもなく死ぬ」
「そんなバカな」
「おれは元看護師だぞ」大五はジャケットを脱いで四季の体にかけた。「間に合わないとは思うが……救急車を呼べたらいいんだが」
救急車を呼ぶには携帯が使えるところに移動しないといけない。
一来が出入り口に走った。鍵がかかっていたはずの戸は、今度はたいして抵抗もなく開いた。
「みんな、外に出られるよ!」
二葉と三保ははっとして腰をあげようとしたが、うまく力が入らないようだ。
「……だれが殺したの……?」
「二葉、まだ死んでないよ……」
「でも、この中のだれかが」
「四季が自分でやったかもしれないじゃない。護身用のナイフを誤って自分に刺したのかも」
一来がそう言うと、三保は激しくかぶりを振った。
「看護師だった大五はわかるけど、どうして一来がそう落ち着いていられるの。うまいこと四季を生贄にできたから?」
「そんな!」二葉が膝をがくがくと震わせた。「見逃して、一来。わたしはなにも見てない。殺人現場にもいなかった。わたしはみんなとは違うの。セレブなんだから!」
そう言い置いて、二葉は一来を避けるようにして出て行った。手足がうまく動かないのか、どこか滑稽な動きだった。三保と大五は呆然と見送るしかない。
「電話しそうにないね。わたしが行くしかないか」
舌打ちした一来は自分の携帯を取って外に出ようとする。その背に三保の怒声が飛ぶ。
「そう言って逃げるんでしょ。人ひとり死んでもなんとも思わないんだから、あんたは」
「じゃあ、三保が電話してきてよ。わたしはここで待ってるから」
三保は萎えかけていた足を拳で殴打して立ち上がった。ふらふらした体で、それでもバッグをひっつかむと胸に強く抱えた。横たわった四季と隣でうずくまる大五を見やって「ごめん」と呟くと、そのまま教室を飛び出していった。
三保の足音が完全に聞こえなくなったころ、大五は一来に問いかけた。
「三保、呼んでくれるかな」
「しないでしょ」一来は肩をすくめた。
「達観してるな。……四季、もう瞳孔が開いてる。死んだよ」
大五はジャケットを持ち上げて四季の死を確認すると、重い溜息を吐いた。
「そう……」
一来は机に腰かけた。背を丸めてうつむき、足を投げ出した。
大五が立ち上がり一来の隣の机に腰かけた。
「これからどうする?」
「警察呼んでこようか。ううん、外に行くなら一緒に出よう。お互いに逃げ出さないか見張りあわないとね」
一来は頭をガシガシとかきむしった。
「あのころと同じじゃん。成長してないね、わたしたち」
一来の物言いに大五は思わずといったようすで苦笑した。
「一緒に出てもいいけど、おれのほうが逃げ出すかもよ。駆け足は得意だから」
「いいよ、別に。わたしが四季を廃校に誘ってふたりだけでここに来た、ってことにしてもかまわない」
「どうして」
「だれかが責任を引き受けるなら、わたしでもいいよってこと。まだ名前が出てきていない人の分を引き受けるのもいとわない。時間差で追いかけてきただけだと思えば」
「だけど、四季の胸に刺さったナイフ、一来が持ってきたものじゃないんだろ」
一来は一瞬目を瞠り、ごく短い笑い声をあげた。
「殺人犯にまでなる気はないよ。最後までちゃんと見守るだけだよ。でも」
一来は少し躊躇ったあと、言葉を強引に押し出すように言った。
「大五がわたしを殺す気なら抵抗はできないかも」
大五の視線は一来だけをとらえた。そして立ち上がり、一来に近づく。
一来はふわりと顔をあげて口角だけで笑む。
「四季を誤って殺したあとに、悔悟の自殺をしたって筋書もできるでしょ。どう?」
「まったく」
大五は両手をあげた。降参の意思表示だ。
「考えもしなかったよ。お手上げだ。ちょっと外に出ようぜ。そんな考えがあほらしいって証明にもなるしな。というか、おれも危ないからな。四季の胸からナイフを抜いて、隙を見ておれを刺そうかと一瞬でも考えたんだろ、おまえ」
「さあ、どうかしら」
階段を降りると携帯のアンテナが復活した。一来は大五を仰ぎ見た。
「わたしが電話するね」
「その前に聞いておきたい。さっき『まだ名前が出てきていない人の分』って言ったが、だれのことだ?」
一来が通話ボタンを押す前に、大五は大きな掌で画面を覆った。
「あとほかに、だれがいるんだ?」
「……葉子の家族。名前は覚えてないけど、わたしたちに遺書を見せた妹とか」
「『みんな』の中に家族も入ってると思っていたのか?!」
驚愕のあまりか、大五の声は轟いた。上下左右の階段の壁にうわんうわんと反響する。
「あ、すまん」
「だれもいないからいいけど。葉子は妹にも責められて、どこにも味方はいない、居場所もないって思ったんじゃないかな。みんな他責だったもの。もちろん葉子も含めて」
「一来、おまえ……さすがにひどくないか」
大五が憤りを露わにする。
「葉子がなに考えていたかはわからないけど、死者はもう反駁できないんだ。それに妹さんまで責めるようなことを言うなんて、おれはおまえを軽蔑する──」
「嬉しい!」
聞き覚えのある声が二人の頭上に降ってきた。