一来は全員を見回し、一つ息を吐いてから、はっきりと口にした。
「『みんな だいっきらい』。お葬式で、葉子の妹さんに遺書を見せられたこと、みんな覚えてるでしょ」
 葉子は、一文だけを書き殴った遺書を右手に握りしめたまま飛び降りた。
「血と脳漿で汚れて、ぐしゃぐしゃになった遺書を見て、みんなどう思った?」
 一来の問いかけに、全員が言葉を詰まらせる。
「一来は……?」
 四季がこわごわ訊ねる。
 一来は当時を思い出すかのように少しだけ間を置いた。
「なんとも思わなかった」
「あんた、さいってー!!」
 二葉が一来を心底あきれたという目で見やった。一方、一来は宙を睨む。
「二葉はあのときこう言ったよね。『きったねー紙』って」
「う……」二葉は喉の奥で呻いた。
「あのときはなにも思わなかったけれど、あとからじわじわと疑問が湧いてきたのよね。『みんな』ってだれを指しているのだろう。わたしと二葉はもちろん入るだろう。三保や四季、大五はどうなんだろうって」
 誰も声を出さない。教室はしんと静まった。
 一来の独壇場だった。
「もしわたしがいじめられたら、きっと仕返しをしたと思う。いじめた人を殺したかもしれない。なのに葉子は自分自身を殺した。なんでなんだろうって思った」
「おまえにはわからないんだよ」大五が怒りをこぼした。「追い詰められて死にたくなるやつの気持ちなんか、冷酷なおまえにはわかりゃしない」
「そうかもね。でも想像はしてみた。もし自分がいじめっ子を殺したらどうなるだろうって。殺すこと自体には後悔はないかも。でもその後は周囲に腫れ物みたいに扱われて孤独になるだろうなって。そうなったらわたしも死にたくなるかなって。で、葉子も孤独だったのかもと考えた。みんなって、わたしが考えるより広範囲なんじゃないかと思ったのよ。もしかしたらクラスメート全員と担任教師までも恨んでいたかも」
 一来の想像に四季が首を振った。
「そんなことないよ。わたしみたいなただの傍観者は関係ないよ。結局いじめによる自殺にはカウントされなくて、受験ノイローゼにされたよね。学校はことなかれ主義だった。聞き取りもあったけど、ちょうど成績も下がっていたころだったから、こじつけられたのかも。塾のライバルのことかもって噂もあったし。遺書に具体的な名前が書いてなかったから」
 なぜいじめっ子の名前を残さなかったのかと四季は言外に恨みを滲ませる。
「あ、そうか」三保が顔をあげた。「さっきの猫耳少女は葉子を名乗っていたけれど、ありえないんだ。解像度が低すぎる。ひとりの生贄で赦すほど葉子は寛容じゃない」
 一来が「は」と息を吐いた。「みんなが罪深いとしたら、十五年経ったいま、一番幸せに暮らしてる人が生贄になるべきじゃないかな。葉子を死に追いやっておきながら、幸せになってるやつ」
 四人の視線は自然と二葉に流れた。大金持ちの夫を持つ、有閑マダムの二葉。
「結婚間近の大五が一番の幸せ者だと思うけど」
 不自然な笑みのせいか、二葉の目尻にくっきりと皺が現れる。
「おれは一来だと思う。この中で唯一の子持ちだろ。子供は幸せの象徴だと思う」
「わたしは何ものにも縛られていない、自由な三保がうらやましい。クリエイティブな仕事についているし」
「ぜんぜんだよ。毎日コンシーラーしないとクマが隠せないくらい、きつい勤務だもん。常に過労死と隣り合わせ。四季は貿易事務だよね。わたしは四季がうらやま──」
 照明が消えた。
 派手に机が倒れる音がして、同時に悲鳴があがった。
「やだこわい」「だれかいるの」「痛い、蹴られた」「殴ったのだれよ」「いてえ」
 暗転していたのは数秒にすぎなかった。だが視覚を奪われることは、不安定な状況ではすなわち恐怖だった。
 ふいに明るさが戻った。取り戻した視覚がとらえたのは、奇妙な光景だった。
 四人が立ちすくんでいるその足下にうつぶせになった人物がいる。四季だ。
 四季の胸もとから赤い液体が流れ、まるで意識を持った生き物のように床を這っていく。