一来は畳みかけた。否定する者はいない。思い出したくない負の記憶。だれもが封印しておきたかった過去だ。
「わたしは短期間しか一緒にいなかったから間違ってるかもしれないけど……ねえ、葉子ってちょっと変わってなかった?」
「四季の言うとおり、ちょっと変わった性格だったかも」二葉がうなずいた。「群れるのが嫌いでいつも端っこにいたよね。三保、あんた仲よかったでしょ」
「え……まあ……。でも趣味は合わなかったな。わたしが夢中になってたアイドルをバカにされたことある。ちょっと無神経なところはあったかも」
「教室の隅でよく難しい本を読んでたな」と大五も同調した。「洋書とか分厚い学術書とか。そんなのよりこっちのが面白いぞって少年漫画をすすめたけど無視されたな」
「かといって成績が良いわけでもなかったよね。気取ってたのかな。そもそもの話になってしまうけど、一来はどうして葉子をターゲットにしたの?」
四季が一来に訊ねた。一来は首を振った。
「わたしが決めたんじゃないよ。大五だよ」
一同が大五を見る。
「え!? いや、違うよ!」大五は両手を振って否定した。「嘘吐くなよ。おれは無実だって。生贄はおまえに決まったんだからな、一来」
「どうやって葉子に決めたか、その記憶も閉じ込めちゃったの?」
一来は目を細めて大五を見つめる。
そういえば……と遠慮がちに四季が呟いた。
「ここでこっくりさんやってたよね。わたしは転入したばかりだったから遠巻きに見てただけだけど」
「いちいち、傍観者を強調しなくていいよ」
大五が苛立ちを露わにした。
「ターゲットをだれにするか、指名された大五は『こっくりさんで決めよう』って逃げを打ったんだよ。そうだ、思い出した」二葉が手を打った。「大五と三保と一来でこっくりさんしたんだ」
「こっくりさん、流行ったよね」四季は懐かしげにうなずいた。
「そうだよ、こっくりさんだ。おれじゃないだろ」
大五は唾を飛ばす勢いで自身の責任を否定する。
「たしかにあのとき十円玉は『よ・う・こ』って動いた」一来が言うと、三保と大五がうなずいた。「でも、わたしはわかってたよ。大五が動かしていたこと」
「え!?」二葉がのけぞった。「今の今までこっくりさんを信じてたのに。あれ、大五のズルだったの!?」
「おれじゃないよ。三保だろ」
「わたしじゃないよ。なんでわたしが葉子をいじめるのに荷担するの。わたし、葉子とは仲よかったもん」
「葉子にしとかないと自分がいじめられるかもしれないと思ったんだろ。葉子の友達だったくせに。裏切ったんだよな」
大五は三保を罵った。
「ひどい。わたしは軽く指をのせていただけ。力なんかいれてない。ススーッと動いたんだよ。まるで神様が乗り移ったように動いた」
三保は顔を真っ赤にして否定した。こっくりさんの存在を信じているのだ。
「そうかな。おれと一来と二葉がやろうとしたら、三保がしゃしゃり出てきて、自分がやりたいってはしゃいだじゃないか」
大五に経緯を指摘されると、三保はみるみる青白い顔になった。
「そう、三保だったのね。友達だったのに葉子を裏切ったんだ。なにか弁明する?」
一来が三保を詰めた。
「だ、だって。わたしの名前が出たらやだもん。自分の名前だけは阻止したいじゃん。だからやるしかないじゃん……! あ、あれはこっくりさんが決めたんだもん」
三保の口調は時間を巻き戻したようにこどもっぽくなっていた。
「だからって友人を裏切るのは一番良くないんじゃない? 信じてた人に裏切られるのってこたえるよ」二葉は軽蔑の表情を三保に向けた。「葉子、傷ついたと思うよ。かわいそうに」
四季と大五も三保を見つめた。葉子をだれより追い詰めたのは実は三保なのではないかと、その場の空気が変わっていく。
「いま多数決を取ったら、生贄は三保になるかも」
そう言った二葉を、三保は睨みつけた。
「わたしは絶対に動かしてないもん。動かしたのは大五か一来のはず」
「なあ、いま思い出したけど」大五がはっと顔をあげた。「あのとき、ちゃんと終わらせてなかったよな、こっくりさん」
「え、そうだっけ」
一来が首を傾げる。
「「あ」」
二葉と三保が同時に声をあげた。
「驚いて手を離しちゃったかも」
三保がこわごわとした口調で認めた。
『お帰りください』という最後の儀礼をしなかった。その場面を思い出したのか、二葉が白い頬を手で覆った。
「……やばくない? こっくりさんって狐の霊だっけ。もしかしていまも教室に狐の霊がさまよって……」
照明が二回瞬いた。
「うわああ」「きゃああ」
大五が叫ぶと、他の四人もいっせいに悲鳴をあげた。夜風が吹き込んで体の熱を攫っていく。
強気だった一来までもが体を震わせていた。
「男のくせに、なに怖がってんのよ!」
三保は八つ当たりのように大五の背を叩いた。
「性別は関係ないだろ」
大五は三保を突き飛ばした。
「痛い。なにすんのよ、暴力男」
「一来か三保が生贄で問題無いよな」大五が声を震わせながら確認を取った。「いじめの主導権は一来だけど、いまの現象、もし狐なら三保のせいだろ」
「ちょっと待ってよ」三保が金切り声をあげた。「二葉が除外されるのは納得いかないよ!」
「なんでよ!」
二葉が反射的に叫んだ。
「もう葉子とつるむなってわたしに言ったの、二葉だったもん」
葉子を裏切らせたのは二葉だという。
「それはこっくりさんをやる前に……一来の命令だったから」
最初から葉子をターゲットにしていたのだと告白したも同然だ。こっくりさんは罪の意識を軽くするための儀式のようなものだと。
逃げを打った二葉を三保が追撃する。
「ほら、すぐそうやって一来のせいにする。いつもそうだった。一来の影に隠れて、一来の命令だといって責任逃ればっか。あんたみたいのが一番ずるい」
「一来と二葉が葉子を追い詰めたんだね」
四季がふたりを交互に睨めつけた。
「自分は傍観者だから無罪だって言いたいみたいね、四季は」
言い返す一来の声音はずっと冷静さを保っている。
「だって、いじめに与してなかったもの。転校したばかりで、悪目立ちしないようにおとなしくしていたことが罪だとでも言うの?」
「うん、そうね。今日会うまであんたのことなんて忘れてた。顔もよく覚えていない。わたしの前に出てくることがほとんどなかったからね。一番後ろに逃げ隠れていたもんね。そして自分じゃなくてよかったと思ってたのよね」
「……思ってたよ。それ、責められることなの? 一来たちと同列にしないでよ」
「葉子が書いた遺書、覚えてない?」
四季がびくりと体を揺らした。
「わたしは短期間しか一緒にいなかったから間違ってるかもしれないけど……ねえ、葉子ってちょっと変わってなかった?」
「四季の言うとおり、ちょっと変わった性格だったかも」二葉がうなずいた。「群れるのが嫌いでいつも端っこにいたよね。三保、あんた仲よかったでしょ」
「え……まあ……。でも趣味は合わなかったな。わたしが夢中になってたアイドルをバカにされたことある。ちょっと無神経なところはあったかも」
「教室の隅でよく難しい本を読んでたな」と大五も同調した。「洋書とか分厚い学術書とか。そんなのよりこっちのが面白いぞって少年漫画をすすめたけど無視されたな」
「かといって成績が良いわけでもなかったよね。気取ってたのかな。そもそもの話になってしまうけど、一来はどうして葉子をターゲットにしたの?」
四季が一来に訊ねた。一来は首を振った。
「わたしが決めたんじゃないよ。大五だよ」
一同が大五を見る。
「え!? いや、違うよ!」大五は両手を振って否定した。「嘘吐くなよ。おれは無実だって。生贄はおまえに決まったんだからな、一来」
「どうやって葉子に決めたか、その記憶も閉じ込めちゃったの?」
一来は目を細めて大五を見つめる。
そういえば……と遠慮がちに四季が呟いた。
「ここでこっくりさんやってたよね。わたしは転入したばかりだったから遠巻きに見てただけだけど」
「いちいち、傍観者を強調しなくていいよ」
大五が苛立ちを露わにした。
「ターゲットをだれにするか、指名された大五は『こっくりさんで決めよう』って逃げを打ったんだよ。そうだ、思い出した」二葉が手を打った。「大五と三保と一来でこっくりさんしたんだ」
「こっくりさん、流行ったよね」四季は懐かしげにうなずいた。
「そうだよ、こっくりさんだ。おれじゃないだろ」
大五は唾を飛ばす勢いで自身の責任を否定する。
「たしかにあのとき十円玉は『よ・う・こ』って動いた」一来が言うと、三保と大五がうなずいた。「でも、わたしはわかってたよ。大五が動かしていたこと」
「え!?」二葉がのけぞった。「今の今までこっくりさんを信じてたのに。あれ、大五のズルだったの!?」
「おれじゃないよ。三保だろ」
「わたしじゃないよ。なんでわたしが葉子をいじめるのに荷担するの。わたし、葉子とは仲よかったもん」
「葉子にしとかないと自分がいじめられるかもしれないと思ったんだろ。葉子の友達だったくせに。裏切ったんだよな」
大五は三保を罵った。
「ひどい。わたしは軽く指をのせていただけ。力なんかいれてない。ススーッと動いたんだよ。まるで神様が乗り移ったように動いた」
三保は顔を真っ赤にして否定した。こっくりさんの存在を信じているのだ。
「そうかな。おれと一来と二葉がやろうとしたら、三保がしゃしゃり出てきて、自分がやりたいってはしゃいだじゃないか」
大五に経緯を指摘されると、三保はみるみる青白い顔になった。
「そう、三保だったのね。友達だったのに葉子を裏切ったんだ。なにか弁明する?」
一来が三保を詰めた。
「だ、だって。わたしの名前が出たらやだもん。自分の名前だけは阻止したいじゃん。だからやるしかないじゃん……! あ、あれはこっくりさんが決めたんだもん」
三保の口調は時間を巻き戻したようにこどもっぽくなっていた。
「だからって友人を裏切るのは一番良くないんじゃない? 信じてた人に裏切られるのってこたえるよ」二葉は軽蔑の表情を三保に向けた。「葉子、傷ついたと思うよ。かわいそうに」
四季と大五も三保を見つめた。葉子をだれより追い詰めたのは実は三保なのではないかと、その場の空気が変わっていく。
「いま多数決を取ったら、生贄は三保になるかも」
そう言った二葉を、三保は睨みつけた。
「わたしは絶対に動かしてないもん。動かしたのは大五か一来のはず」
「なあ、いま思い出したけど」大五がはっと顔をあげた。「あのとき、ちゃんと終わらせてなかったよな、こっくりさん」
「え、そうだっけ」
一来が首を傾げる。
「「あ」」
二葉と三保が同時に声をあげた。
「驚いて手を離しちゃったかも」
三保がこわごわとした口調で認めた。
『お帰りください』という最後の儀礼をしなかった。その場面を思い出したのか、二葉が白い頬を手で覆った。
「……やばくない? こっくりさんって狐の霊だっけ。もしかしていまも教室に狐の霊がさまよって……」
照明が二回瞬いた。
「うわああ」「きゃああ」
大五が叫ぶと、他の四人もいっせいに悲鳴をあげた。夜風が吹き込んで体の熱を攫っていく。
強気だった一来までもが体を震わせていた。
「男のくせに、なに怖がってんのよ!」
三保は八つ当たりのように大五の背を叩いた。
「性別は関係ないだろ」
大五は三保を突き飛ばした。
「痛い。なにすんのよ、暴力男」
「一来か三保が生贄で問題無いよな」大五が声を震わせながら確認を取った。「いじめの主導権は一来だけど、いまの現象、もし狐なら三保のせいだろ」
「ちょっと待ってよ」三保が金切り声をあげた。「二葉が除外されるのは納得いかないよ!」
「なんでよ!」
二葉が反射的に叫んだ。
「もう葉子とつるむなってわたしに言ったの、二葉だったもん」
葉子を裏切らせたのは二葉だという。
「それはこっくりさんをやる前に……一来の命令だったから」
最初から葉子をターゲットにしていたのだと告白したも同然だ。こっくりさんは罪の意識を軽くするための儀式のようなものだと。
逃げを打った二葉を三保が追撃する。
「ほら、すぐそうやって一来のせいにする。いつもそうだった。一来の影に隠れて、一来の命令だといって責任逃ればっか。あんたみたいのが一番ずるい」
「一来と二葉が葉子を追い詰めたんだね」
四季がふたりを交互に睨めつけた。
「自分は傍観者だから無罪だって言いたいみたいね、四季は」
言い返す一来の声音はずっと冷静さを保っている。
「だって、いじめに与してなかったもの。転校したばかりで、悪目立ちしないようにおとなしくしていたことが罪だとでも言うの?」
「うん、そうね。今日会うまであんたのことなんて忘れてた。顔もよく覚えていない。わたしの前に出てくることがほとんどなかったからね。一番後ろに逃げ隠れていたもんね。そして自分じゃなくてよかったと思ってたのよね」
「……思ってたよ。それ、責められることなの? 一来たちと同列にしないでよ」
「葉子が書いた遺書、覚えてない?」
四季がびくりと体を揺らした。