「割ったらどうかな。みんな、後ろに下がって」
大五が倚子を投げつけた。破砕音が静謐を侵す。割れたガラスの間から外を覗いた大五は肩をすくめた。
「やっぱ窓からは無理だ。伝っておりられるような足がかりがない。飛び降りたら骨折しちゃうよ。となると教室の前後の扉しかないか」
大五はそう言うと何度も倚子を打ちつけた。だがびくともしなかった。
「どういうこと……?」
一来と三保も手伝う。表面の合板が削れたところから金属の板が見えた。
「鉄板だ……」大五は絶望を滲ませた。「葉子が仕組んだんだ」
「葉子は死んだのよ!」一来が叫んだ。「死んだ人間が戸を加工できるとでも? Vtuberになって復讐するとでも?」
復讐。その言葉は全員の記憶の蓋をカタカタと鳴らした。割れた窓から冷気が流れ込んでくる。
「……さっき、言ってたよね。『だれが生贄になる?』って」
四季はそう言って身震いした。
『罰を受けるのは一人だけでいいよ。ねえ、だれが生贄になる?』
全員の脳裏に猫耳少女の明るい音声と場違いな笑顔がよみがえった。
「つまり、だれか一人を生贄にすれば、残り四人は助かる……ってこと?」三保がおそるおそる口を開く。「この中から葉子を自殺に追いやった人を選べばいいの?」
全員がいっせいに一来を見た。一来は一歩二歩後退る。
「バカね。あんたたち単純すぎるでしょ。わたしだけ悪者にする気?」
「だって、いじめを指示したの、一来だもの」二葉は苦笑した。わかりきったことだと言いたげに。「生贄は一来で決まりでしょ」
「多数決、取る?」
一来以外の全員が挙手をした。一来は唾を飲む。
「……あんたたち、わたしをいじめて楽しんでるのね」
「さて、生贄は決まったけど、どうしたらいいのかしら。一来のバカがモニターを壊しちゃったから、わからなくなったわねえ」
「まさか」四季が大きく息を吸った。「みんなで葉子を殺さないといけない、とか」
チカ、チカ。頭上で光がまたたいた。全員がはっと顔をあげると、天井の蛍光灯が突然灯った。全員の顔が互いによく見えるようになる。一来の表情がひときわ強張っていた。
「まるで葉子が肯定したみたいだな」と言うと、大五は憐れむように一来から目をそらす。
「いやよ、手を汚すのは。いじめっ子は勝手に死ねばいいのよ」二葉は窓を指さした。「飛び降りて。一来。いますぐ!」
「驚いた。金満家の奥様がずいぶんと余裕がないこと」
一来は引きつった顔で無理に笑い、近くの机に足を組んで座った。
余裕の無さをごまかしているように見える。だがその場にいる全員は一瞬、十五年のときを遡ったような錯覚を覚えた。
あのころもいまのように机に足を組んで座り、つま先で配下に指示を出していた。取り巻きが机に座ることを許さなかった。
いまもだれひとり、二葉でさえ、座ろうとしない。一来に逆らうことが大きなストレスになるのだ。
「あんたたち、葉子の幽霊を信じてるの? あきれた。そんなわけないでしょ。これはわたしのことが憎いだれかが仕組んだことよ。わたしが生贄にならないと、ここから脱出できないなんてこと、あるわけないじゃない」
自信あふれる一来の言葉は四人に浸透してゆく。
「警察に連絡すればいいんだもの。すぐに助けにきてくれるわ。三保、電話して」
「う、うん……」
つま先で指された三保はバッグから携帯を出した。素直に従ってしまう三保を責める者はいない。だれもがこの状況から逃れたいのだ。だが結果は思うようにはならなかった。
「……圏外」
三保が震える手で画面をかざした。
「嘘でしょ」
「あ、わたしのも圏外だ」
「おれのも」
一来も自身で確認し、大きく息を吐き出した。
「妨害されてるんだわ。用意周到ね」
「やっぱり幽霊……?」四季が一来をうかがう。
「幽霊が猫耳Vtuberなんてやると思う? だいいち葉子はちょっと変わってたじゃない。みんな葉子のこと、ちゃんと記憶してるの?」
四季のおびえを断ち切った一来は全員の顔を眺め渡した。
「やっぱりね。みんな記憶が曖昧なんじゃないの?」
「そんなこと……ないよ。やっぱ自殺されて後味悪かったし。忘れるわけないだろ」
大五が目を伏せた。
「ここに来るまで、ううん、坂木葉子の名前が出るまで、みんな忘れていたよね」
大五が倚子を投げつけた。破砕音が静謐を侵す。割れたガラスの間から外を覗いた大五は肩をすくめた。
「やっぱ窓からは無理だ。伝っておりられるような足がかりがない。飛び降りたら骨折しちゃうよ。となると教室の前後の扉しかないか」
大五はそう言うと何度も倚子を打ちつけた。だがびくともしなかった。
「どういうこと……?」
一来と三保も手伝う。表面の合板が削れたところから金属の板が見えた。
「鉄板だ……」大五は絶望を滲ませた。「葉子が仕組んだんだ」
「葉子は死んだのよ!」一来が叫んだ。「死んだ人間が戸を加工できるとでも? Vtuberになって復讐するとでも?」
復讐。その言葉は全員の記憶の蓋をカタカタと鳴らした。割れた窓から冷気が流れ込んでくる。
「……さっき、言ってたよね。『だれが生贄になる?』って」
四季はそう言って身震いした。
『罰を受けるのは一人だけでいいよ。ねえ、だれが生贄になる?』
全員の脳裏に猫耳少女の明るい音声と場違いな笑顔がよみがえった。
「つまり、だれか一人を生贄にすれば、残り四人は助かる……ってこと?」三保がおそるおそる口を開く。「この中から葉子を自殺に追いやった人を選べばいいの?」
全員がいっせいに一来を見た。一来は一歩二歩後退る。
「バカね。あんたたち単純すぎるでしょ。わたしだけ悪者にする気?」
「だって、いじめを指示したの、一来だもの」二葉は苦笑した。わかりきったことだと言いたげに。「生贄は一来で決まりでしょ」
「多数決、取る?」
一来以外の全員が挙手をした。一来は唾を飲む。
「……あんたたち、わたしをいじめて楽しんでるのね」
「さて、生贄は決まったけど、どうしたらいいのかしら。一来のバカがモニターを壊しちゃったから、わからなくなったわねえ」
「まさか」四季が大きく息を吸った。「みんなで葉子を殺さないといけない、とか」
チカ、チカ。頭上で光がまたたいた。全員がはっと顔をあげると、天井の蛍光灯が突然灯った。全員の顔が互いによく見えるようになる。一来の表情がひときわ強張っていた。
「まるで葉子が肯定したみたいだな」と言うと、大五は憐れむように一来から目をそらす。
「いやよ、手を汚すのは。いじめっ子は勝手に死ねばいいのよ」二葉は窓を指さした。「飛び降りて。一来。いますぐ!」
「驚いた。金満家の奥様がずいぶんと余裕がないこと」
一来は引きつった顔で無理に笑い、近くの机に足を組んで座った。
余裕の無さをごまかしているように見える。だがその場にいる全員は一瞬、十五年のときを遡ったような錯覚を覚えた。
あのころもいまのように机に足を組んで座り、つま先で配下に指示を出していた。取り巻きが机に座ることを許さなかった。
いまもだれひとり、二葉でさえ、座ろうとしない。一来に逆らうことが大きなストレスになるのだ。
「あんたたち、葉子の幽霊を信じてるの? あきれた。そんなわけないでしょ。これはわたしのことが憎いだれかが仕組んだことよ。わたしが生贄にならないと、ここから脱出できないなんてこと、あるわけないじゃない」
自信あふれる一来の言葉は四人に浸透してゆく。
「警察に連絡すればいいんだもの。すぐに助けにきてくれるわ。三保、電話して」
「う、うん……」
つま先で指された三保はバッグから携帯を出した。素直に従ってしまう三保を責める者はいない。だれもがこの状況から逃れたいのだ。だが結果は思うようにはならなかった。
「……圏外」
三保が震える手で画面をかざした。
「嘘でしょ」
「あ、わたしのも圏外だ」
「おれのも」
一来も自身で確認し、大きく息を吐き出した。
「妨害されてるんだわ。用意周到ね」
「やっぱり幽霊……?」四季が一来をうかがう。
「幽霊が猫耳Vtuberなんてやると思う? だいいち葉子はちょっと変わってたじゃない。みんな葉子のこと、ちゃんと記憶してるの?」
四季のおびえを断ち切った一来は全員の顔を眺め渡した。
「やっぱりね。みんな記憶が曖昧なんじゃないの?」
「そんなこと……ないよ。やっぱ自殺されて後味悪かったし。忘れるわけないだろ」
大五が目を伏せた。
「ここに来るまで、ううん、坂木葉子の名前が出るまで、みんな忘れていたよね」