猫耳の可愛い女の子のイラストが画面で微笑んでいる。
「なあに? Vtuber?」
酔いがさめてきたのか、四季は目をこらして画面を見つめる。残りの四人も怪訝そうな顔でモニターに注視した。
『懐かしい思い出の教室で、楽しいゲームをはじめましょ。ここから出してほしかったらね』
「おまえがおれたちを閉じ込めたのか」
「あなた、だれ?」
大五と四季がモニターに寄った。二葉は頬に手をあてて首を傾げている。三保は困惑して立ちすくみ、一来はイライラと足を鳴らした。
『自己紹介してなかったね。覚えてるかな、わたしのこと。わたしは、坂木葉子』
坂木葉子。その名前は冷水のように全員を凍らせた。
「三年三組の……同級生だった、けど……」四季が呟き、一来と二葉を振り返った。「とっくに死……よね」
『よかった。覚えていてくれたんだね。忘れられていたらどうしようと心配だった』
「ふざけてる。戸なんて壊せばいいのよ」
一来は倚子を振り上げた。その手首を大五が掴む。
「待て。これは悪戯だと思う。むきになるな」
「悪趣味な悪戯につきあう意味はないでしょ。早く帰りたいのよ」
「早朝からスーパーの品出しのお仕事があるもんねえ。たいへんよね、パートさんは」
二葉が頬に手をあてて一来を見やる。その指には大粒のダイヤが光っている。まるで見せびらかすかのように。
「二葉、あんた性格が歪んだね」
「もともと歪んでる人よりマシでしょ」
『このなかのだれが一番悪い子だったかしら』
「……どういう意味? みんないい子だったわよ」
一来はモニターに向き直った。
「そうかなあ」天井を仰ぐ三保。「わたしはまじめないい子だったけど、ほかはどうかなあ」
「教室で同窓会の二次会でもする気? 葉子をまじえて?」
四季が茶化すと「やめろよ」と大五がとめた。
「このVtuberもどきが葉子のはずはない。なあ、あんたがだれか知らないが目的はなんだ」
『おかえりなさい、三年三組のみんな。よく思いだしてね。だれが悪いのか。坂木葉子は屋上から飛び降りて死んだ。どうして死んだのかな』
猫耳少女は満面の笑みで問いかける。
『罰を受けるのは一人だけでいいよ。ねえ、だれが生贄になる?』
「生贄って……一来がよく言っていた言葉だよね」
三保が一来を見た。一来の顔からはすっかり血の気が失せている。
「そうよ。一来はグループのリーダーだった。葉子をいじめて自殺させた、いじめグループの……」
「バカなこと言わないでよ。あの子は勝手に死んだんだよ。わたしのせいにしないで!」
一来は大五と四季を掻き分けて前に出ると、モニターを手で薙ぎ払った。派手な音を立てて床に落ちたモニターを、一来は粉々になるまで踏みつける。
「ちょっと、そこまでしなくてもいいじゃない」と三保。
「耳が痛かったのね。そんなことしても事実は事実じゃないかしら、一来」二葉が煽る。
「待ってよ。わたしたち五人がいじめグループなわけじゃないでしょ」四季が声を震わせる。「グループはリーダー格の一来、腰巾着の二葉と三保でしょ。大五とわたしは傍観していただけじゃない。いじめには加わってなかった」
「そうだよ」大五も声をあげた。「おれは無関係だ。弱い者いじめばかりする一来のこと嫌いだったし」
「いまさらなに言ってんの。責任逃れする気? へらへら笑って楽しんでいたじゃない」
「笑ってはいたけど」四季が顔をくしゃりと歪ませる。「しかたなかったんだよ。わたし三年の二学期の途中に転校してきたじゃない。上手く順応しないと浮いちゃうもの。だからクラスで一番強そうな一来には逆らわないように気をつけていたんだよ。いじめは見るのもいやだったけど半年我慢すれば卒業だったし、卒業後はすぐに親の転勤で海外に行く予定だった。だからわたしは『お客さん』のつもりでいたんだよ」
四季は言い逃れに必死だ。二葉がうなずく。
「たしかにそうね。四季とは今日十五年ぶりに会ったけど、一来や三保と違って、ほとんど覚えてなかったのよね。言われればなるほど、接点が少なかったわ。あの頃はおとなしく目立たないようにしていたのね。まあ、いまも変わらずに地味だけど」
「お言葉だけど、あのころと同じ姿の人なんてだれもいないじゃない。たとえば二葉さん。昔は一来の腰巾着だったくせにいまは全身ブランドと宝飾品のかたまり。眩しくて目が潰れそう」
「ほんと」三保が吹きだした。「似合わないよね。業界誌見たわよ。ダンナはTシャツとデニムなのに、一緒に映ってる二葉がギッラギラのマダム。あれじゃ成金ですって喧伝してるようなもんじゃない」
二葉は顔を真っ赤にして反論した。
「これだからいやよね、貧乏人のひがみは。うらやましかったら金持ちの男をつかまえてみなさいよ」
二葉は横目で一来に視線を投げた。小綺麗にはしているが一来が身につけている衣服は安物だ。立場が逆転していることを見せつけたくて、今日はとくに着飾ってきたのだろう。
「そういえば、結婚しているのって、わたしと二葉、だけだっけ」
一来は全員の顔を見て確認した。
「おれはもうすぐ結婚するけどな」
大五は小さく挙手する。三保が不快げに眉をひそめる。
「結婚マウントのつもり? おあいにくさま。結婚願望はないし、仕事も忙しいのよ」
三保の過敏な反応に、一来は微苦笑を浮かべる。
「三保は出版社だったわね。四季はなにしてるの。大五は看護師だっけ」
大五と四季は互いに顔を見合わせたあと、大五は遠慮がちに口を開いた。
「……看護師はやめたんだ。性に合わなくて。いまは役者。小さな劇団に所属している。売れてないけど……まあ、充実してる」
「わたしは語学をいかして貿易会社で働いてる。こうやってあらためて聞いてみると、みんな道が分かれたよね。同じ学校で同じ授業受けて同じ流行りを追いかけていた時代は遠くなったなって思う」
四季の言葉に全員がしみじみとうなだれた。
「みんな社会が必要としてる人間だよ。明日もあるんだし、もう帰ろうか」
こんなとき、まっ先に提案するのは一来だ。中学時代と性格は変わっていない。未だにリーダー然とした態度で指示を出そうとする。二葉は憤然となった。
「戸が開かないんだよ」
「壊せばいいよ。窓もあるし、なんとかなるでしょ」
「窓……。ここ、三階だよ」
四季が窓に駆け寄ってクレセント錠に手をかけた。
「開かない……」
「なあに? Vtuber?」
酔いがさめてきたのか、四季は目をこらして画面を見つめる。残りの四人も怪訝そうな顔でモニターに注視した。
『懐かしい思い出の教室で、楽しいゲームをはじめましょ。ここから出してほしかったらね』
「おまえがおれたちを閉じ込めたのか」
「あなた、だれ?」
大五と四季がモニターに寄った。二葉は頬に手をあてて首を傾げている。三保は困惑して立ちすくみ、一来はイライラと足を鳴らした。
『自己紹介してなかったね。覚えてるかな、わたしのこと。わたしは、坂木葉子』
坂木葉子。その名前は冷水のように全員を凍らせた。
「三年三組の……同級生だった、けど……」四季が呟き、一来と二葉を振り返った。「とっくに死……よね」
『よかった。覚えていてくれたんだね。忘れられていたらどうしようと心配だった』
「ふざけてる。戸なんて壊せばいいのよ」
一来は倚子を振り上げた。その手首を大五が掴む。
「待て。これは悪戯だと思う。むきになるな」
「悪趣味な悪戯につきあう意味はないでしょ。早く帰りたいのよ」
「早朝からスーパーの品出しのお仕事があるもんねえ。たいへんよね、パートさんは」
二葉が頬に手をあてて一来を見やる。その指には大粒のダイヤが光っている。まるで見せびらかすかのように。
「二葉、あんた性格が歪んだね」
「もともと歪んでる人よりマシでしょ」
『このなかのだれが一番悪い子だったかしら』
「……どういう意味? みんないい子だったわよ」
一来はモニターに向き直った。
「そうかなあ」天井を仰ぐ三保。「わたしはまじめないい子だったけど、ほかはどうかなあ」
「教室で同窓会の二次会でもする気? 葉子をまじえて?」
四季が茶化すと「やめろよ」と大五がとめた。
「このVtuberもどきが葉子のはずはない。なあ、あんたがだれか知らないが目的はなんだ」
『おかえりなさい、三年三組のみんな。よく思いだしてね。だれが悪いのか。坂木葉子は屋上から飛び降りて死んだ。どうして死んだのかな』
猫耳少女は満面の笑みで問いかける。
『罰を受けるのは一人だけでいいよ。ねえ、だれが生贄になる?』
「生贄って……一来がよく言っていた言葉だよね」
三保が一来を見た。一来の顔からはすっかり血の気が失せている。
「そうよ。一来はグループのリーダーだった。葉子をいじめて自殺させた、いじめグループの……」
「バカなこと言わないでよ。あの子は勝手に死んだんだよ。わたしのせいにしないで!」
一来は大五と四季を掻き分けて前に出ると、モニターを手で薙ぎ払った。派手な音を立てて床に落ちたモニターを、一来は粉々になるまで踏みつける。
「ちょっと、そこまでしなくてもいいじゃない」と三保。
「耳が痛かったのね。そんなことしても事実は事実じゃないかしら、一来」二葉が煽る。
「待ってよ。わたしたち五人がいじめグループなわけじゃないでしょ」四季が声を震わせる。「グループはリーダー格の一来、腰巾着の二葉と三保でしょ。大五とわたしは傍観していただけじゃない。いじめには加わってなかった」
「そうだよ」大五も声をあげた。「おれは無関係だ。弱い者いじめばかりする一来のこと嫌いだったし」
「いまさらなに言ってんの。責任逃れする気? へらへら笑って楽しんでいたじゃない」
「笑ってはいたけど」四季が顔をくしゃりと歪ませる。「しかたなかったんだよ。わたし三年の二学期の途中に転校してきたじゃない。上手く順応しないと浮いちゃうもの。だからクラスで一番強そうな一来には逆らわないように気をつけていたんだよ。いじめは見るのもいやだったけど半年我慢すれば卒業だったし、卒業後はすぐに親の転勤で海外に行く予定だった。だからわたしは『お客さん』のつもりでいたんだよ」
四季は言い逃れに必死だ。二葉がうなずく。
「たしかにそうね。四季とは今日十五年ぶりに会ったけど、一来や三保と違って、ほとんど覚えてなかったのよね。言われればなるほど、接点が少なかったわ。あの頃はおとなしく目立たないようにしていたのね。まあ、いまも変わらずに地味だけど」
「お言葉だけど、あのころと同じ姿の人なんてだれもいないじゃない。たとえば二葉さん。昔は一来の腰巾着だったくせにいまは全身ブランドと宝飾品のかたまり。眩しくて目が潰れそう」
「ほんと」三保が吹きだした。「似合わないよね。業界誌見たわよ。ダンナはTシャツとデニムなのに、一緒に映ってる二葉がギッラギラのマダム。あれじゃ成金ですって喧伝してるようなもんじゃない」
二葉は顔を真っ赤にして反論した。
「これだからいやよね、貧乏人のひがみは。うらやましかったら金持ちの男をつかまえてみなさいよ」
二葉は横目で一来に視線を投げた。小綺麗にはしているが一来が身につけている衣服は安物だ。立場が逆転していることを見せつけたくて、今日はとくに着飾ってきたのだろう。
「そういえば、結婚しているのって、わたしと二葉、だけだっけ」
一来は全員の顔を見て確認した。
「おれはもうすぐ結婚するけどな」
大五は小さく挙手する。三保が不快げに眉をひそめる。
「結婚マウントのつもり? おあいにくさま。結婚願望はないし、仕事も忙しいのよ」
三保の過敏な反応に、一来は微苦笑を浮かべる。
「三保は出版社だったわね。四季はなにしてるの。大五は看護師だっけ」
大五と四季は互いに顔を見合わせたあと、大五は遠慮がちに口を開いた。
「……看護師はやめたんだ。性に合わなくて。いまは役者。小さな劇団に所属している。売れてないけど……まあ、充実してる」
「わたしは語学をいかして貿易会社で働いてる。こうやってあらためて聞いてみると、みんな道が分かれたよね。同じ学校で同じ授業受けて同じ流行りを追いかけていた時代は遠くなったなって思う」
四季の言葉に全員がしみじみとうなだれた。
「みんな社会が必要としてる人間だよ。明日もあるんだし、もう帰ろうか」
こんなとき、まっ先に提案するのは一来だ。中学時代と性格は変わっていない。未だにリーダー然とした態度で指示を出そうとする。二葉は憤然となった。
「戸が開かないんだよ」
「壊せばいいよ。窓もあるし、なんとかなるでしょ」
「窓……。ここ、三階だよ」
四季が窓に駆け寄ってクレセント錠に手をかけた。
「開かない……」