4月3日、
結果発表の日だった。





今までやれることは全てやり切った筈だ、きっと大丈夫……。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。たぶん?



『あぁぁ‼️ 教授!! 本当に受かりますよねえぇ⁉️
大丈夫? 大丈夫ですよねえ❓❓』


『うるせえええぇ‼️ 吾輩に聞いてどうする!?
さっきからもうそれ5万回くらい言ってるぞ‼️』


ここは教授の屋敷内、リビングルームだ。 良く言えばレトロ、正直に言ったら……。気味が悪い置物で
囲まれていた。 置物に貼り付けられた【差し押さえ】の紙が隙間風でわびしく揺れる。
聖帝学園のテスト結果は、電報で家に届けられるそうだ。 聞いたところ、
届くのは 大体七時くらいになるそうだが……。


『教授、【4分33秒】って本当にあれで良かったんですかね?楽譜見た時は流石にギョッとしましたよ……。』


『……。あれを初見で出すか?普通……。
……。いいか?【4分33秒】はアメリカのジョン・ケージが発表した曲だ。
"演奏中、一音も鳴らさない" と言う指示がある。 4分33秒の無音となった環境の中で、普段は意識しないだろう人の呼吸音、風の囁きそういった環境の音楽に心を向けさせる為の曲で、彼の理念が現れている。』


『じゃ、じゃあ本当にあれで良かったんですかね…』

教授は心底不思議そうに、首を傾げた。

『―。 多分、な。
聖帝学園の初見演奏は、あらかじめ受験者たちの演奏レベルを徹底的に調べ上げたうえに、
その人に適した難易度の楽譜が渡される筈だ。
君の場合はーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。 どうなんだろうなぁ?』




『す、すみません……。 僕が至らないばかりに……。』

しかし教授は静かに首を振った。

『いいや、今まで君が特訓に真剣に取り組む姿、吾輩は良く見てきたさ。
決して君の能力が不足していた訳ではない。 もっと 胸を張れ。』

ーーーー教授!!

『ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
ありがとうございますッッッ‼️』


『さて、そろそろ合格発表のようだな!!
――。ほら、届いてるぞ?』

『……。え?』

教授は徐に窓に歩み寄り、一気に開けた。 一気に吹き込む初春の風はまだ冷たく、思わず身震いした。

すると、ーー。
風に紛れて、黒い蝶が部屋に入ってきた。
逃がしてやろうと、ほぼ無意識にその蝶に手を伸ばした瞬間、

『受験番号971番、白黒タクトさんですか?』

『 ぅゎあぁあぁぁあぁぁぁ‼️
蝶が喋ったア゙ア゙ア゙ア゙ア゙』

『おい、落ち着け。タクト!!
誰かがムジークで、遠隔操作してるだけだ。』

確かに、よく聞くと蝶から聞こえるのはノイズ混じりの、ハスキーで中性的な人間の声らしかった。
激しく取り乱す僕の姿が滑稽だったのか、蝶から笑い声が聞こえる。
『ハハッwww あぁごめんねぇw ビビった?
この方法が一番効率がいいからさ〜。』

「は、はい……。」



『じゃあ気を取り直してぇ、
白黒タクトさん。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。 合格です。』













歓喜と驚愕、そしてこれからの生活に対する漠然とした不安。
名前が付けられない無いような沢山の気持ちが荒波の如く一気に押し寄せて、僕は暫く突っ立っていたらしい。


ようやく乗り越えたんだ。 『 最初の』壁を。
これでやっと……。 前に進める。




『タクト、――。 今まで良く頑張ったな。』

『今から、ですよ?
……。頑張るのは。』


思いがけない僕の返しに、教授は少し戸惑って
微かに微笑んだ。

そして、突然何処かに行ったと思うと 大切そうに、黄ばんだ桐箱を抱えてきた。


『これは―餞別だ。 大事にしろよ?
君の姉さんからの、預かり物だ。』



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼️





シルクで編まれている 深紅のマフラーだった。
姉さんは、何処へ行く時も必ずそれを身につけて離さなかった。


『どうして、これを……。』



『……。今は、これを渡す事しか出来ない。
吾輩よりも君が持っていた方が相応しいだろう。』




聞きたいことは山ほどあるが、今はただ……。








『マジで有難う御座いましたァァ‼️ 教授‼️』


見事なまでに90度の礼をする僕。
教授の表情は、見えなかった。






1週間後


吹き抜ける空は、澄み渡るように蒼い。
あの日見た大理石の門を、再びくぐり抜けて、
僕の人生は、今この瞬間に始まったばかりだ。