「全然ねぇじゃん」

 次第に強くなってきた雨が、前髪を伝ってクローバーの上にポツリと落ちた。
 相変わらず体は凍り付く程寒いし、ずっとしゃがんでいるのは疲れるし……俺は「わぁぁぁ!」と叫びたくなる衝動を必死に堪えた。
 成宮先生が嬉しそうに笑う可愛い顔を想像すれば、後少しだけ頑張れそうな気がする。気が付けば、クローバーを探し始めてから二時間が経過していて……。
 駐車場を通り越して、近くにある遊歩道にまで来てしまっていた。


「水瀬、雨も強くなったし、もう帰ろうぜ。やっぱり七つ葉のクローバーって、本当に凄い確率なんだよ。また探しに来ればいいだろう?」
 迎えに来てくれた柏木が肩を叩く。柏木は傘をさしているものの、相変わらず地べたに這いつくばっている俺はびしょ濡れだ。
 自分の傘の中に、そっと俺を入れてくれた。
「風邪引くから帰ろう?」
「うん、でも……。悪いんだけど先に帰ってもらえないかな? 今まで付き合わせてごめんな」
「こんなビショ濡れのお前はどうやって帰るんだよ?」
「少し洋服が乾いたらタクシー拾うから大丈夫」
「そんなに見つけたいのか?」
「めちゃくちゃ見つたい……」
 柏木が大きく溜息をついた。
「なら、あんまり遅くなるまでに帰るんだぞ。それこそ、お前の大事な成宮先生が心配するからな」
「……わかった。柏木、本当にありがとう」
 本当にお人好しな柏木にお礼を言ったあと、また再びクローバーを掻き分け始めた。


 もう何時間こうしているのだろうか。
 ずっとしゃがんでいたせいか、足は痺れて動かなくなってきたし、冷え切った体は感覚がなくなってきていた。
 髪も洋服もびしょ濡れで、気持ち悪くて仕方ない。
「ちくしょう……四葉のクローバーはアホみたいにあんのに……」
 四つじゃ足りない、七つがいい。こんな自分の我儘を、もしかしたら神様は傲慢だと受け取ったのかもしれない。
 だから、見つからないんだ……鼻の奥がツンとなる。


「ごめんなさい、成宮先生。俺、あなたに七つ葉のクローバーを見せてあげたかった」


 最近、まだ体調が優れない成宮先生は寝ていることが多い。
 いつも強気に微笑む成宮千歳が、力なく家に閉じこもってばかりいる姿なんか見たくない。
 颯爽と白衣をなびかせて廊下を歩く嫌味過ぎる姿に、人を見下すような冷たい視線。
 自分にできないことなんてない……と言わんばかりに自信に満ち溢れた笑顔と、本音と建前を見事に使い分ける板についた二重人格……。
 あなたは、こうでなければいけない。
 ベッドから弱々しく微笑む姿なんて、もう見たくないんだ……。
 だから元気になってほしい。
 そんな成宮先生に、俺は会いたいから。


「もう少しだけ探そう……」
 滲んできた涙を腕で拭ってから、また地面に視線を移した。
「ん?」
 その瞬間、突然頭上から雨が落ちてこない事に気が付いて、思わず天を仰ぐ。周りには雨が降っているのに、自分の周りだけ雨が降っていないのだ。
「なんで……」
 ふと背後に人の気配を感じて咄嗟に振り返った。


「コラ。いつまでこんな雨の中、地面に這いつくばってるつもりなんだ?」
「千歳さん……」
「風邪ひいちゃうだろうが」
 自分の傘を俺に傾けながら、成宮先生が近くにしゃがみ込んだ。
「こんなにびしょ濡れになって何やってんの?」
 背負っていたリュックからタオルを取り出し頭をワシャワシャと拭いてくれる。その呆れながらも心配そうな表情に、胸がギュッと締め付けられた。


「なんで千歳さんがここにいるの?」
「柏木から連絡がきた。葵が七つ葉のクローバーを探してるって。帰る様子が全然ない……って奴が困ってたから、迎えに来たの」
「そっか……すみません」
 友達と恋人にこんなに心配をかけてしまった自分が情けなくなって、膝に顔を埋めた。


 だって、かっこ悪過ぎるではないか。七つ葉のクローバーを見つけられなかったばかりか、心配をかけた挙げ句、体調が悪い恋人に迎えに来させるなんて。
 幸せをあげるどころではない。迷惑ばかりかけてしまっている。
「本当に情けない……」
 あまりの不甲斐なさに泣きたくなった。