そう、成宮先生に聞いてもアテになんかならない。「俺、可愛いでしょうか?」って聞いたら、「可愛いに決まってんだろ?」って即答されるのが目に見えてるから。
昨日抱いてもらった時だって、
『葵、可愛い……めちゃくちゃ可愛い、可愛い……』
って、催眠術にかかったかのように同じ言葉を繰り返していた。
熱にうなされたように潤んだ瞳。肩で息をしながらするキスは苦しくて、酸素を求めて首を振って成宮先生の唇から逃れようとするのに……またすぐに捕らえられて、濃厚な口付けを交わすこととなる。
汗ばんだ額に前髪が張り付き、それを鬱陶しそうに成宮先生が掻き上げる。その汗が俺の頬に垂れたから、ペロッと舐めた。
もっと別の刺激が欲しくて、成宮先生の手を取りその手にキスをする。
「葵……可愛いなぁ」
満足そうに微笑む姿を見れば、本当に幸せな気持ちになれた。
そんな昨夜の出来事を思い出せば、体が勝手に火照りだしてしまい……慌て頭を振って雑念を振り払った。
大体、成宮先生に可愛いって言われるのも、何だかおかしいな……って思う。
だって俺だって男なんだから、俺が太刀で成宮先生が猫でもいいって思うんだ。
でも多分、成宮先生の中での『可愛い』っていう俺のイメージが強過ぎて……そんな話し合いなどすっとばして、俺は猫というポジションを押し付けられてしまったのだ。
当たり前なんだけど、男の俺が同性の成宮先生に可愛いって言われることには違和感を感じる。
◇◆◇◆
「ねーねー、智彰。ちょっと忙しいとこ悪いんだけど、立った状態で俺を抱き締めてくんないかな?」
「はぁ!? と、突然来て、何を言い出すんだよ!?」
今度は脳外科病棟まで出向き、パソコン作業をしている智彰に後ろから声をかければ、椅子から転がり落ちるんじゃないかってくらいビックリしている。
智彰が大きく目を見開いているんだけど、目玉がポロッと飛び出してきそうだ。
「葵さん、そういうのは彼氏に頼んでくださいよ」
「智彰じゃなきゃ駄目なんだよ。お願いだからさ」
こいつ何を考えてるんだ……という疑惑のオーラが、素直に全身から出ている智彰を見ていると、申し訳ないけど可笑しくなってくる。
「いいからさ、ほら立ってよ」
智彰を強引に椅子から立たせると、抱き締めやすいように両手を広げる。
「マジかよ……?」
「ほら、早くしてよ」
「もう、兄貴にバレても知らないからな」
半ば諦めたように俺をギュッと抱き締めてくれる。その瞬間、フワリと全身を温かいものに包まれる感覚に、思わず目を見開いた。
智彰は俺より、十センチくらい背が高いから、俺を抱き締めた時に、丁度耳元に唇がきて……智彰の吐息がかかった耳がくすぐったくて肩を上げた。
「なぁ、智彰……俺って可愛い?」
「また、あなたは……」
今度はなんなんだよ、と言わんばかりに眉をしかめた。
「いいから答えてよ、俺って可愛い?」
「はぁ……本当に不思議ちゃんなんだから……」
溜め息をついた智彰が、俺の顔を覗き込んでくる。
「あなたは、目がクリクリしてて、顔立ちが整ってるから可愛いよ。男だけど、葵さんには可愛いって言葉が良く似合う」
そのまま、また抱き締めてくれた。自分を包み込んでくれる、大きな存在に『可愛い』って言われれば、少しだけときめいてしまう。
やっぱり、智彰は成宮先生に雰囲気が似ている……。
「なぁ葵さん……可愛いついでに、キスでもしてやろうか?」
智彰が悪戯っぽく笑うから、ビックリした俺は慌ててその腕の中から逃げ出した。
「ま、間に合ってます! 智彰、変なこと頼んで悪かったな!」
不自然な笑みを浮かべながら、逃げるように脳外科病棟を後にする。そんな俺を見た智彰が爆笑している声が、遠く聞こえてきた。



