「さて、葵は悪い子だからお仕置きが必要だよ」
「はい、わかってます……。ごめんなさい」
「謝って済むことじゃないよな? お前がしたことは浮気だよ?」
「…………」
成宮先生は、自宅のリビングに置いてあるソファーに腰を下ろし、無言のまま俯いてしまった俺に手招きをする。
「こっちにおいで。葵、Kneel」
「…………」
「聞こえないの?Kneelだよ」
あまりの恐怖に、ギュッと目を瞑ったままフルフルと首を振れば、成宮先生が小さく舌打ちをする。
いくら気が長い成宮先生も、そろそろ我慢の限界なのだろう。怒りからか綺麗な手が小刻みに震えている。
無造作に前髪を掻き上げた成宮先生が、ニヤッと不敵に笑った。
「Kneelって言ってんだろ? こっち来いよ」
怯えたような顔で自分を見つめる俺に、成宮先生は全身の毛が逆だつ程の興奮を覚えているようだ。まるで、崖っぷちに獲物を追い込んだ狼のように目をギラギラと輝かせている。
そんな成宮先生を目の前に、下半身がズクんと拍動を打ち、血が沸騰していくのを感じた。
目の前のか弱いSubを支配したい、虐めたい……そんな強過ぎる本能が、少しずつ成宮先生の冷静さを奪っていった。
「Kneelは?」
「わかりました……」
俺は静かに成宮先生の傍に近寄り、彼の膝と膝の間にちょこんと座った。怯えながらも、甘えた素振りを見せる俺を、成宮先生が愛おしそうに見つめている。
「Good boy。いい子だね。良くできました」
「Yes,sir」
不安に顔を引き攣らせながらも、次に与えられるお仕置きに期待し顔を赤らめる。
恐怖と背中合わせの快楽と高揚感。
否応なしに体は歓喜で打ち震えた。
「じゃあ次は……」
成宮先生の唇が、意地悪く引き上げられる。厭らしく頬を撫でられながら、そっと耳打ちされた。
「Presentだよ、葵」
「Present?」
「そう。裸になって、足を開いて見せてよ」
「え?」
「葵の恥ずかしいとこ見てみたい。きっとすごく可愛いよ」
成宮先生の言葉に、顔が引き攣っていくのを感じた。
冗談じゃない。こんな明るい部屋で……。
「無理、無理です! そんなことしたくない!」
「なんで? どうして俺の言う事聞けないの?」
「嫌だ、嫌だよ……恥ずかしい……」
自分の傍から離れようとする俺の体を、成宮先生は強引に引き寄せる。許してなんてもらえない……それは、絶望的な状況だった。
「智彰には簡単に体を触らせるくせに?」
「だから、ごめんなさい……」
「許せる訳ねぇだろうが? 早く、Stripだよ、葵」
「嫌だぁ!」
「裸になったら、一人でして見せてよ」
「無理無理無理ぃ!」
「いいから、やれよ」
「絶対嫌だ! 離してよ!」
「いいからやれって!」
「嫌だ! 俺はそんな事したくない! 千歳さんなんか『大嫌い』だ!」
大きな声を上げた瞬間、まるで突然訪れた夕立のように涙が溢れ出す。
あまりにも取り乱した俺を見て、成宮先生が一気に現実へと引き戻されたのだろうか……彼にしたら珍しく、青ざめた顔をしていた。
「ごめん、ごめんな、葵! 俺、調子に乗りすぎた」
「嫌だよ! 千歳さんなんか『大嫌い』だ!」
「頼むから、そんなこと言うなよ」
成宮先生に強引にコントロールをされそうになった俺は、明らかにSub dropを起こしてしまった。
Sub dropとは、Domに支配されることしかできない、そんなSubの囁かな抵抗。俺は半ばパニック状態だった。
「離せよ! あんたなんか『大嫌い』だ! もう別れてやる! 好き勝手言いやがって……俺は犬じゃねぇんだぞ!」
「そうだよな。本当に俺は最低だ。ごめん、ごめんな、葵……」
「あんたが忙しかったから、俺がどんだけ寂しかったか……自分本意なあんたには、絶対わからねぇ!」
泣き叫ぶ俺を宥めるように、ギュッと抱き締めて背中をさすってくれる。
俺と成宮先生の間で決められているSafe word。
『大嫌い』と俺が言った瞬間に、Domである成宮先生は全てのCareを中止しなければならない。
未だかつてSafe Wordを口にしたことがなかった分、成宮先生は相当焦ったことだろう。
Sub dropを起こして、子供のように泣く俺を見た成宮先生まで、泣きそうな顔をしていた。
「クスン……」
一頻り泣いて疲れた俺は、真っ赤になった鼻をすすった。
そんな俺に、成宮先生はそっと囁いた。
「Come。葵、抱っこ」
「嫌だ……」
「いい子だから、おいで。葵、抱っこ」
「…………」
「ほら、Come」
優しく頭を撫でられれば、下唇を尖らせながらもソファーに座る成宮先生に向き合う形で、彼の膝に股がった。
両腕を広げて、自分を迎え入れてくれた成宮先生の胸に、頬擦りしてから顔を埋める。
悔しい。結局はこの人の思うがままだ……。
「Good boy。いい子だね」
「うっ……んん……」
泣き腫らした目元に、そっとキスをくれる。
額に頬に、首筋に。成宮先生の柔らかい唇が触れては離れて行く。それが擽ったくて、思わず肩を上げて笑ってしまった。



