あなたのお気に召すままに


下唇を尖らせて、大きな瞳をユラユラ揺らす俺を楽しそうに眺めていた智彰が、突然口角を上げた。


「俺も、葵さんを虐めてみたいな……」
「え?」
 突然何を言われたのかがわからず、俺は智彰を見上げる。そこにいたは、いつもの優しい笑顔を浮かべた智彰ではなく、獲物を目の前に目をギラギラさせた獣だった。
 普段、年下である智彰を俺は可愛く感じている。それなのに、今目の前にいる智彰は男らしいのに、すごく色っぽい……。
 そのギャップに、俺は一瞬で視線を奪われてしまった。


「なぁ、葵さん……」
「な、なんだよ?」
 座っていた椅子をクルっと俺が寝ている診察台の方へ向けて、顔を覗き込んでくる。
 そんな智彰はすごくかっこよくて……艶っぽくて……。俺はドキドキしてしまった。


「兄貴じゃなくて、俺がいい子いい子してやろうか?」
「は? 智彰が?」
「そうだよ。だって俺もDomなんだよ? Subを構ってやりたいって思うもん」
「だ、だからって、別にいい! 大丈夫だから!」
 俺は顔を真っ赤にしながら勢いよく起き上がり、壁際まで逃げ出した。そんな俺を見て、智彰はクスクスと楽しそうに笑っている。
「わかってないな、葵さんは。そういう怯えたり、恥ずかしがる姿が、Domの本能を呼び覚ますんだよ。支配欲を掻き立てて、血が熱く燃えたぎるような、そんな感覚……。葵さんには、わからないよね」
 優しく頭を撫でられれば、不覚にもキュンッと胸が締め付けられた。


「いいじゃん。兄貴いないんだし。葵さん、おいで……」
 俺の頬にそっと手を当て自分の方を向かせる。イケメンと視線が絡み合い、一気に体が熱を持っていくのを感じた。
「よし、いい子だね。葵さん、Kneel(ニール)は?」
「え?」
「Kneelはできるかな?」
 林檎みたいに真っ赤な顔をしながら狼狽える俺は、意図も簡単に壁に体を押し付けられてしまう。
 二人の体重で、診察台がギシッと音を立てながら静かに揺れた。


「葵さん、Kneelだ」
 智彰の声は蜂蜜みたいに甘いのに、その瞳は獣のようにギラギラと光っていた。そんな視線に、俺は釘付けになってしまう。
 ──目を逸らしたい……。逃げ出したい……。
 そんな強い欲求があるのに、体はまるで凍りついたかのように動いてはくれなかった。


「Kneel!」
 智彰の厳しい声に、体がピクンと跳ね上がる。
 そして、女の子のように膝を付けたまま爪先を開いて、ペタンと処置台に座った。
そんな俺を見た智彰は、丈の長い白衣を邪魔に感じたのだろうか……バサッと強引に両肩が見えるあたりまで下ろされてしまった。
 俺の体がカタカタと小刻みに震えている。しかし俯いたその顔には、恋人に対する罪悪感と、好奇心という相反する感情が浮かんでいることに、智彰はきっと気付いているだろう。


「智彰………Kneelができたから、俺を褒めて?」
 そう呟きながらそっと頭を下げる。伸びた髪がサラりと自分の頬にかかり、くすぐったかった。
「葵さん、良くできました。それにめちゃくちゃ可愛い」
 智彰が満足した表情を浮かべる。
 今まで特定のSubがいなかった智彰にしてみたら、今の俺に強い執着を感じているのかもしれない。
 そんなことが、なぜか俺も誇らしかった。
「いい子いい子」
 頭を優しく撫でてもらえば嬉しくて、幸せで……智彰を見上げて微笑んでしまった。
 もう、蕩けてしまいそうだ……。


「これは、ヤバい……Subって、こんなに可愛いんだな……」
 俺の頬をそっと撫でた智彰の指が擽ったくて、思わず 体を捩らせた。
「こっちにおいで……もっとCare(ケア)をしてあげるから」
 優しく抱き寄せられれば、少しだけ体に力が入ってしまったけど、大人しく智彰の胸に体を預ける。そんな俺の名前を、愛おしそうに呼んでくれた。
「葵……」
 少しずつ智彰の顔が近付いてきたから、俺は期待を含めながらそっと目を閉じる。胸がトクントクンと甘く高鳴った。
 

 俺は、このDomに支配されたい……。


 智彰の温かい吐息が俺の頬を掠めた瞬間。
 俺の時が一瞬で止まってしまった。