「お前、水瀬のこと好きなの?」
「はぁ? 橘さんには関係ないでしょ」
「ふふっ。千歳にかっ攫われてんじゃん?」
「そういうあなたも、いつまで兄貴にしがみついてんですか? 往生際が悪いですよ」
静まり返った外来の広い広い待合室。
ベンチに座ってボーッとしていた智彰に声をかけたのは、橘先生だった。
「仕方ないだろ? お前の兄貴は本当にいい男なんだから」
「へぇ……。俺にはその良さが全くわかりませんがね」
不貞腐れたように呟く智彰の顔を、まるで悪戯っ子のような笑顔を浮かべた橘先生が覗き込む。
「智彰もなかなかいい男になったじゃん?」
「そりゃどうも」
ニコリともしない智彰の頬に橘先生がそっと指を這わせた。
「水瀬君の代わりに俺が相手してやろうか?」
「はい?」
「あんな子供より、俺のがいいだろうに?」
目の前でふわりと微笑まれても、智彰は顔色ひとつ変えない。サラッと橘先生の手を払い除けた。
「嫌ですよ。俺、可愛い人が好きなんです」
「そっか、それは残念」
橘先生が前髪を掻き上げながら、そっと目を伏せる。長い睫毛がそっと影を落とした。
「俺は兄貴の代わりにはならないですよ」
「え?」
「そんなビッチなフリしても、あなたは本当は真面目に恋をする人だって知ってますから」
「……そっか」
智彰はベンチから立ち上がり、静かに歩き出した。
「もし兄貴のことをちゃんと吹っ切れたら……考えてあげなくもないですけどね」
ヒラヒラと手を振りながら智彰は橘先生に背を向けた。
「子供だと思ってたけど、随分生意気になったじゃん」
クスクスと笑いながら、橘先生は智彰と反対方向へと歩き出す。
そんな二人のやり取りを、俺は知る由もなかった。



