「成宮先生は……」
 ようやく草むらから出てきた野良猫。そっと頭を撫でてもらった。
「うん?」
「成宮先生は……」
「うん」
「橘先生が、今でも好きなんですか?」
 そっと成宮先生に問いかける。


 ずっとずっと聞きたかったのに、怖くて聞くことができなかった。
 でも……ようやく聞けた。


 その言葉を聞いた瞬間、成宮先生が目を見開いた。
「お前がずっと悩んでたことって、そんなことだったのか?」
「ひどいです! そんなことって……俺はずっと悩んでたのに……」
 少しだけイラっときたから、成宮先生の肩を軽く突き飛ばす。
「ふふっ。ごめんな。でも、普通に考えてありえないだろう。だって、俺は葵がこんなに好きなのに……」
 今にも泣き出しそうな顔で笑う成宮先生。
 この人のこんな顔、初めて見た……。


「馬鹿だな、葵は……」
 そっと囁く。その声は俺でもビックリするくらい甘くて……。
 自分がどんなに愛されているかを知った。
「お前は、俺にこんなに想われてるのがわからないの? お前は本当に鈍感だなぁ」
 クスクス笑いながら優しく髪を梳いてくれる成宮先生に、顔を寄せてキスをねだれば……チュッと温かくて柔らかいものが唇に触れた。


「昔は橘が好きだったよ。昔はね。でもそれは、葵に出会う前の話」
「昔は……」
「でも今は葵が好きだ。もしお前と出会えることを知ってたら、俺は誰とも付き合わなかったし、誰も抱かなかった。でも知らなかったんだ。こんなに愛せる人に出会えるなんて、思ってもみなかったから……」
「成宮先生……」
「だから、俺の過去まて愛して?」
「…………」
「俺も、お前の全部を受け止めるから」
 意志を持った指が再び俺の体を這い回り、卑猥な唇と舌がねっとりと体中を舐めていく。
「あッ、はぁ……ッ」
 まだまだ昨夜の余韻が残る体は、それだけで背中が仰け反る程反応してしまう。


「可愛いなぁ、葵は。めちゃくちゃ好きだ」
「はぅッ。ちょ、ちょっと待ってください! まさか……」
「まだまだ足らないだろ?」
 胸の飾りにチロチロと舌を這わせている成宮先生の肩をタップする。
「大丈夫だよ、まだここもトロトロだし」
「あ、あぁ! そこ、駄目ぇ……」
「マジで可愛い」
 食べられてしまうんじゃないかってくらい激しいキスに、頭の中に火花が散った。
「今度、不安なことがある時は早く言えよ」
「……はい……んッ、あ、あッ」
「俺は、お前を全部を愛してやるから」
 トロトロに蕩けた頭で、自分がいかに愛されているかを知った。


「でも、でも……もう無理です。体がぶっ壊れる……」
「またまたぁ。まだまだ序の口だろ?」
「し、死ぬ……」
「可愛い葵が悪いよ」


 一人でありもしないことを心配して、不安がって、野良猫みたいに草むらに隠れてしまって……。
 なんてバカだったんだろう。
 今、自分の身の回りで起こっていることを、俺は全くわかっていないし、わかろうともしなかった。
 ちゃんと恋人のことを信じて、向き合えばよかったんだ。


「でも、一生懸命くだらないことで悩んで、それでも普段の聞き分けのいい葵を演じようって頑張って。一人で四苦八苦して、最終的には駄々っ子のようになっちまった葵が……。俺は可愛くて仕方ない」
 成宮先生が、真夏の太陽を受けて光り輝く向日葵のように笑う。
「お前は、もう何も考えなくていいよ」
 成宮先生の髪に顔を埋めたら、シャンプーのいい匂いがした。
「ただ、俺だけを信じて、俺だけの傍にいろよ。所詮、お前は俺に惚れきってんだからさ」
「はい……」


 本当は不安で寂しくて、でも素直になれなくて草むらに身を潜めていた野良猫。
 そんなところも、全部ひっくるめて大好きだって言ってくれた。
 草むらから引っ張り出してくれてありがとう。


 お願い、頭を撫でて?
 抱っこもしてくれるの?
 そっか……もう強がる必要なんて、ないんだね。


「千歳さん。俺、幸せです」
「な? 俺もだよ」


 野良猫みたいな恋はこれでお仕舞。
 成宮先生が終わりにしてくれたから。