気が付いた時には、成宮先生に背負われて駐車場からマンションに向かう途中だった。


「ん? 葵、目が覚めたか?」
 成宮先生が肩越しに俺を振り返った。とても優しい表情で……。
「ごめんなさい……千歳さん。もう一人で歩けるから下してください……」
 そんな強がりを言ったけど、本当は体がフワフワして絶対に一人じゃ歩けない。
 それがわかってか、
「ばぁか。あんなネズミにぶつかりやがって……あそこに置いてあるから気を付けろっていう、注意喚起のメールがきてただろうが? いいから、大人しく俺の背中にしがみついてろ!」
 相変わらず口は悪いけど、優しい成宮先生。重たいのに、ごめんさいって心の中で謝罪した。


「あれから智彰が頭のCT撮ってくれたんだぞ? 後で礼を言っておけ」
「智彰が……?」
「まぁ、私服に着替えさせたのは俺だけどな?」
「あ……す、すみません……」
 茹蛸みたいに顔を真っ赤にさせた俺を見て、成宮先生が笑っている。


 あ、あの唇で橘先生とキスしたんだ……。
 それなのに、俺は素直にその優しさを喜ぶことができなかった。


 駐車場を少し行けば、猫の集会場所が開かれる公園の脇を通りかかる。
「あっ、野良猫……」
 咄嗟に野良猫のことが心配になった。
「どうした?」
 不思議そうに声をかけてくる成宮先生に、
「なんでもないです……」
 そう呟いて成宮先生の肩に顔を埋めた。
 成宮先生はあったかい……。


『成宮先生は、今でも橘先生が好きなんですか?』
 知りたくて仕方ないのに、どうしても聞くことができなかった。


 成宮先生に背負われたままマンションに着いた俺は、コロンとベッドに寝かされた。
「あー! マジいい筋トレになったわ」
 俺を下ろした後、自分で自分の肩を揉んでいる。
「お前はそこで寝てろ。CTに異常はなかったけど、あんだけの勢いで衝突しんだから、脳震盪を起こしているもしれない」
 少しだけ呆れたように成宮先生が笑う。そのまま部屋を出て行こうとしたから、俺は咄嗟に成宮先生を呼び止めた。


「千歳さん」
「ん?」
 行って欲しくなかった。傍にいて欲しかった。
 不安で不安で仕方ないから……。


 思い出す、成宮先生と橘先生がキスしてるシーンを。
 初めて見た、成宮先生が誰かとキスをしているとこなんて。いつも、俺はああやって成宮先生にキスしてもらってたんだ。
 でも、今日成宮先生がキスした相手は俺じゃない。


「千歳さん……エッチしたい。エッチしよう……」
 甘えた声を出して成宮先生の気を引く。この言葉があなたの気を一番引けるって、俺は知っているから。
「また? 最近エッチしてばっかじゃん」
 笑いながら俺に覆い被さってくる。
全くその通りだ。俺は今抱えている不安を消すために、成宮先生に抱いてもらうことが増えていた。
「嫌……ですか?」
「全然」
 嬉しそうに口角を上げる成宮先生に、少しだけ強引に唇を奪われる。


 あぁ良かった……キスの上書きできて……。


「むしろ大歓迎だから」
 そう囁かれ深く深く口づけられる。
 お互いの唇を貪り合って、全ての思考が体から抜け落ちていく感覚に襲われた。
 ただ成宮先生が欲しくて、自分だけのものにしたくて……そのために自分の体を利用して。
 最低だと思うけど、今の俺にはこれしか方法がなかった。


「愛してる、葵。なぁ愛してるよ」
 そんな声も、遠のく意識の中……まるで夢の中の出来事に思えた。
「お願い、もっとキスして?」
「いいよ。好きなだけしてやる」
「もっと、もっと深いの……息もできなくなるくらい……」
「馬鹿が」
「……ん…はぁ……ッ」
 成宮先生の熱い舌が、俺の口内を無遠慮に犯してく。その甘い唾液を、コクンと無我夢中で飲み込んだ。


◇◆◇◆


 翌朝目を覚ますと、全裸の成宮先生が隣で寝ていた。
 体中の血がサッと引いていく感覚を覚える。そっとベッドから逃げ出そうとすると、
「オイ、どこ行くんだよ」
 眠そうに片目だけを開けた成宮先生に腕を掴まれる。
「昨日あんだけ乱れといて……終わったら逃げんのか?」
 成宮先生の言葉で、断片的な記憶がどんどん一つになっていく。


「あっ、ああ……んッ! 千歳さん……千歳さん……気持ち……いぃ! あ、あッ!」
 普段では絶対出さないような甘ったるい嬌声を上げながら、成宮先生にまたがり必死に腰を振る自分。
完全に快楽に溺れきってしまった。


「昨日のお前、めちゃくちゃエロかった……」
 意地の悪い笑みを浮かべた成宮先生にドキドキする。
 俺はなんてことをしてしまったんだろう……穴があったら本当に入ってしまいたい。
 恥ずかしくて死にそうになる。


「ごめんなさい……」
「なんで謝んだよ」
 そっと頬に口づけられた。
 恥ずかしくて、成宮先生の顔さえみることができない。
 もう、こんな記憶消えてしまえばいいのに……。


「今までで一番良かったぜ」
「なッ……!?」
 顔が一気に火照るのを感じて布団に潜り込む。もう成宮先生に合わせる顔がない。
「葵~! 出てこいよぉ」
 成宮先生の悪戯っぽい声が聞こえてくる。


 本当に情けない。
 橘先生にヤキモチを妬いて、ホスピッチュに正面衝突して、仕舞には恋人を襲うなんて……。
 できることなら、あの野良猫と一緒に草むらに隠れていたい。
 そしたら、もう俺のことなんか放っといてほしい。
 放っておいて……お願いだから。