「あの、成宮先生と橘先生って、前にこの病棟で一緒に働いてたんですよね?」
「あ、水瀬先生。うーん、あたしたちはその当時のことは知らないんだけど、そうだったみたいですよ。花岡師長が言ってました」
「へぇ……」
 さりげなく看護師さんから話を聞き出そうと、ガールズトークの輪に入り込んだ。


「成宮先生と橘先生ってそんなに仲がいいんですか?」
「そうなんですよ! ここ最近、いつも一緒にいて……私たちにしてみたら、目の保養です」
 看護師さんたちはウットリしながら二人を見つめている。
 結局女子はイケメンが好きなのか……といじけたくなってしまった。


「でも、成宮先生と橘先生って付き合ってるわけじゃないですよね?」
 俺が一番知りたかった核心の部分。知りたいけど、知るのが凄く怖い……でも、好奇心のほうが勝ってしまう。
「どうなんだろう……でも見てるとボディタッチが多いし、雰囲気そのものが恋人同士なんですよ」
「もしかしたら、今は付き合ってないけど、前に付き合ってたなんてことはあるかも!?」
「水瀬先生もうかうかしてると、成宮先生を盗られちゃいますよ!」
「あはははっ、盗られるもなにも、僕のものじゃないですし……」
 看護師さんからの忠告に、乾いた笑いが口をついた。


 看護師さんからそんな話を聞いてから、俺の心はいつもさざ波がたっているかのように落ち着かない。
 無意識に成宮先生と橘先生の姿を目で追ってしまい、一緒にいるところを見ると落ち込んでしまうのだ。
 成宮先生の傍でずっと働いていた俺の居場所はいつの間にか無くなり、変わって橘先生が成宮先生とタッグを組むことが増えてきた。


 ついさっき開かれたカンファレンスでも、「治療法がもうない」と行き詰まっていた患者の新しい治療法を提案し、その場が騒然となった。
 それだけじゃない。難しいとされている手術を何例もこなしてしまうし、今まで使ってこなかった薬剤をどんどん投入し成果を上げている。


「橘先生、ありがとう!」
「うん。退院おめでとう」
「バイバイ!」
「バイバイ。気を付けて帰るんだよ」
 橘先生が手術をした患者が、笑顔で退院していく。そんな光景をもう何度も見てきた。
 あの患者がこんなにも元気になるなんて……それは、橘先生が起こした奇跡にしか思えない。


「凄い人だな……」
 俺はポツリ呟いた。
 正直、成宮先生と橘先生が仲良くしているのを見るのは面白くなんかない。でも、仕方ないのかな……とも思えてしまう。
 だって、あんな神様みたいな橘先生に自分が適うわけがない。
 だから、「成宮先生を盗られたくない!」って張り合うこと自体が無謀に思えた。


「成宮先生」
「ん? 葵か」
 向こうから歩いてくる成宮先生に声をかける。
 冬の日差し込む時間はとても短い。温かかな日差しを届けてくれていた太陽がもうすぐ沈んでしまいそうな時刻。
真っ赤な夕日が長い渡り廊下を包み込んで……そんな中、書類に目を通しながら歩く成宮先生は、やっぱりかっこいい。


 この人は、俺がこんな風に悩んでいることなんか知るはずもない。
 だって、変わらず俺のことを大切にしていてくれているのだから。


『成宮先生は、昔、橘先生とお付き合いされてたんですか?』
『成宮先生は俺と橘先生、どっちが好きですか?』


 こんな問い掛けをしたら、「馬鹿な奴だ」って思われてしまうだろうか……。成宮先生に呆れられてしまうのが怖くて、俺はその言葉をもう何回も飲み込んでいる。
「葵、どうした?」
 優しく顔を覗き込まれれば、泣きたくなってしまった。


 ──嫌だ。この人を盗られたくない。


 胸の中がグチャグチャになって、苦しくて。誰かに見られるかも……なんて考えはスッポリ頭から抜け落ちてしまう。
 俺は、必死に成宮先生に抱き着いた。
「ちょ、ちょっと、葵どうした?」
 突然の俺の行動にびっくりしたのか、彼には珍しく狼狽えているのがわかる。
 でもそんなの関係ない。
 俺は、この苦しい思いから逃れたくて仕方なかった。
「ふっ、今日は随分大胆じゃん」
 頭の上から、満更でもなさそうな成宮先生の声が聞こえてくる。
 普段、俺から成宮先生を求めることなんてあんまりないから嬉しいのかもしれない。


 ──ごめんなさい。こんなくだらないヤキモチを妬いて。


「成宮先生」
「ん?」
「今日帰ったら抱いてください」
「へぇ……」
 今の俺には、こうやってワガママを言って、そのワガママを受け入れてもらうことでしか、愛されていることを実感する方法がない。
 こんな風に、あなたの愛情を試すことをしてごめんなさい。
 本当に、ごめんなさい。


「いいよ」
 俺の腰に回されていた腕に、ギュッと力が込められる。
 髪を撫でられて、頬に優しく口付けられた。
「いっぱい可愛がってやるよ。だから早く帰ろう」
「はい」
 俺は大好きな成宮先生に抱き締められながら、手探りで愛情を探していた。