「ごめんな、こいつ飲み過ぎたみてぇだから、先に帰るわ」
成宮先生は俺を背負いながら、みんなに笑い掛けた。
「水瀬って、いつも飄々としてる割には、案外甘えん坊なんだな。本当に子猫みたいで可愛いよ」
「しかも、相変わらず溺愛してんじゃん」
佐久間先生と西田先生が意外そうに、でも優しい表情で俺を見つめる。
そんな二人に、成宮先生が少しだけ照れくさそうに笑った。
「葵は、普段はおっとりしてて大人しいけど、本当は寂しがり屋で甘えん坊で、ヤキモチ妬きで……俺しか知らない顔をたくさん持ってる」
それから、とても幸せそうに微笑んだ。
「こいつは、俺のことが馬鹿みたいにに好きなんだよ」
「あー、はいはい。ご馳走さまです!」
「俺らはゆっくり帰るから、後は二人の時間を楽しんでください!」
「ふふっ。じゃあ、またな」
佐久間先生達に背中を向けた瞬間、西田先生が成宮先生を呼び止める。
「また水瀬に会わせてよ。そいつ、素直で本当に可愛いから」
「そうだね。気が向いたらな」
みんなに冷やかされた成宮先生が、クスクスと笑いながら店を後にした。
◇◆◇◆
店を出れば、夜風はまだ冷たくて。思わず身震いをする。でも、成宮先生の背中は温かい。
街路樹に飾られたイルミネーションがキラキラと輝いて、すごく綺麗だった。
「成宮先生、あったかい……」
成宮先生の背中にそっと頬擦りすれば、
「調子に乗って飲み過ぎなんだよ」
と、お叱りを受けてしまう。
それは本当、ごめんなさい。
「葵はさ……」
急に、声のトーンが下がったから少しだけ不安になる。
なんだろう、怒ってるのかな……と思わず体に力が籠った。
「本当に俺が好きなんだな」
「え?」
「違うの? 俺のこと大好きだろう?」
こんなにくっついていたら、トクントクンと高鳴る鼓動も、火照る体だって隠すことなんてできやしない。
「はい、好き……です」
あまりにも恥ずかしくて、成宮先生の背中に顔を埋めた。
「嫌だな、そういうの」
「え?」
あまりにも衝撃的な言葉に、一瞬心臓が止まりそうになる。
一瞬で全身の血の気が引いて、頭の中が真っ白になった。
もしかしたら、この恋は俺の独り善がりだったのかも知れない……と、一気に酔いが冷める思いだった。
涙が出そうになるくらい、胸が締め付けられる。
「お前がそんなんじゃ……」
成宮先生が夜空を見上げながら、大きな溜め息をつく。
「上司と部下に戻らなきゃいけない時でも、上司と部下の関係に戻れなくなる」
「え?」
よいしょ、と俺を背負い直した。
「俺はさ、いつでもお前とイチャイチャしてたいし、くっついてたい。今だって……お前を抱きたくて仕方ねぇ」
「…………」
「今日一日、葵を遠くから見てたけど、可愛いなってずっと思ってた。あぁ、抱きたいな……って」
成宮先生が照れ臭そうに鼻をすする。
「だから、あんまり俺を刺激することを言うんじゃねぇよ」
「ご、ごめんなさい」
「みんなの前で犯されてぇのか?」
「別に……千歳さんになら、何されてもいい」
「だからさぁ……」
成宮先生が呆れたように笑う。
あぁ、やっぱり大好きだぁ。
胸が甘く締め付けられる。成宮先生といると、幸せなのになぜか苦しい。
「千歳さん。今日で千歳さんと恋人らしいことをしなくなって、ちょうど一ヶ月なんです」
「えっ、そんなにか?」
「はい。この一ヶ月、キスも……してないです」
「ふふっ。じゃあ、速攻で帰って、葵を可愛がらなきゃな……」
「めちゃくちゃ嬉しい。ありがとうございます」
「だからさぁ」
珍しく照れて顔を真っ赤にする成宮先生はとても可愛い。思わず頬にキスしたら、ますます真っ赤になったから、俺は声を出して笑ってしまった。
「葵、もっと俺の方に顔出して?」
「え? こうですか?」
「ほら、もっと顔、近付けて……」
「でも、はむッ……はぁ……」
俺は成宮先生に背おられたまま、少しだけ窮屈な体勢で一ヶ月ぶりのキスをした。
「葵、大好き」
「俺も好きです」
こんなバカップルみたいなやり取りを、ずっとずっと続けていきたいって思うんだ。
だって、俺は成宮先生が大好きだから。
冷たい北風が落ち葉を舞い上げていくけれど、二人くっついていればこんなにも温かい。
「葵、お前案外重たいな」
「ふふっ。ごめんなさい」
「落ちないように必死にしがみつてろよ」
「……はい」
成宮先生の首に回した腕に更に力を籠めれば、成宮先生が幸せそうに微笑んだ。
成宮先生は、俺を背負いながらマンションまで爆走する。
それが本当に楽しくて、二人で声を上げて笑ったのだった。



