「葵、こっちだよ」
 店内に入ったものの、その場の雰囲気に圧倒されて、辺りをキョロキョロ見渡していれば、迎えに来てくれた成宮先生に肩を抱かれた。
「あ、成宮先生……」
「おいで。みんなが待ってる」
「待ってる? え、ちょ、ちょっと……」
 成宮先生に引き摺られるように連れて行かれた個室には、眩いくらいに輝くハイスペック男子が集結していた。
 

 店内に流れている音楽だってお洒落だし、だいたいテーブルに並べられている料理もおかしい。
 高価そうな牛肉にキャビア……そこには、俺が見慣れている、フライドポテトや唐揚げなんてものはなかった。
 今まで、先生達が飲んでいたお酒だって、ビールなんかじゃない。いかにも高そうな良くわからないボトルに入ったワインを、無意味に大きなワイングラスで飲んでいるのだ。


 あ、この高層ビルからはスカイツリーが見えるんだ。


 ボンヤリと、目の前に広がる宝石みたいな夜景を眺める。
 もう帰りたい……だって、俺ジーパンなんだもん……。
 明らかに、場違いな所にいることに泣きたくなる。ただただ、俺はこの場から立ち去りたかった。


 そんな俺にできることはただ一つ。
 そう。酒に呑まれて全てを忘れ去ることのみ。


 アルコールはもの凄いスピードで、俺の体内に吸収されて行った。
「水瀬ぇ、飲んでなくない?」
「マジっすか!? じゃあ、もっと頑張ります!」
「お、いいねぇ! 若い子は。飲みっぷりがいいよ」
 隣にいる佐久間先生にガンガン酒を進められて、なんやかんやで場の雰囲気にのまれた俺は、調子に乗って飲みすぎてしまった。
「やっぱり水瀬は可愛いよな!」
「本当だよ! 成宮なんか捨てて、俺のとこに来いよ? 可愛がってやるぞ」
 佐久間先生と西田先生に両脇を固められた俺は、すっかり出来上がってしまった。


 このイケメンたちは優しいし、気が利く。
 俺のくだらない話だって「そうかそうか」と真剣に聞いてくれるし、「よく頑張ってる!」と褒めてもくれる。
 これが年上の包容力かぁ……と気分が良くなってしまうのだ。


 気付いた時には後の祭り。酒の弱い俺は、ベロンベロンに酔っ払ってしまっていた。
「らからさぁ、もう眠いのぉ」
 呂律も回らず、既に頭は半分眠っていた。
 一日働いた適度な疲労感に、美味しいご飯にアルコール……完全にリラックスモードだった。


「おい、水瀬大丈夫か?」
 西田先生が俺の肩を心配そうに叩くから、思わずそんな西田先生に抱き付いた。
「な、なんだ!? 水瀬。抱き付く相手間違ってんだろうが?  
 それとも、やっぱり俺のがいいか?」
 西田先生が、楽しそうに俺の顔を覗き込んでいるのがわかる。
 結局、佐久間先生も西田先生も、みんな俺をからかって楽しんでるだけなんだ。


 別にそれでも構わない。
 だって、こんなハイスペックのイケメンたちにからかわれたって嫌な気なんかしない。
 寧ろ、嬉しくなってしまうくらいで……。
 つい年下の甘えん坊モードが発動してしまった。


「らって、俺は寂しいんです……最近ずっと忙しかったから、千歳さんと恋人らしいことも、エロいことも全然できねぇ……そんなの、つまんない……」
 酒のせいか涙腺が緩くなって、普段は流さない涙なんかをポロポロ流してしまう。
「俺は千歳さんが大好きなんだぁ。好き過ぎて、苦しい……誰か助けて……あなたたち医者でしょ?」
「水瀬……」
 西田先生が、脱力しきった俺を必死に支えてくれてる。
 もう俺は、一人では座っていられなくらい酔っぱらってしまっていた。


「ごめんな、水瀬。俺たちお前が可愛くて、つい虐めたくなっちゃって……」
「本当にすまん。さすがに飲ませ過ぎたな」
 佐久間先生と西田先生が申し訳なさそうに、俺を見つめている。
 嫌だ、そんな哀れんだ目で見ないで欲しい。自分がどんどん惨めに思えてくるから。


「千歳さんに触りたい。チュウしたい。抱かれたい。千歳さんが好き……大好き……」
 他人が聞けばアホらしい悩みかもしれないけど、俺からしてみたら真剣だった。
 クダラないけど、俺はずっとずっと悩んでたし、ずっとずっと苦しかった。


 ねぇ、千歳さん…。
 我儘言って、甘えてもいいですか?


「馬鹿だな、お前は」


 優しい声がしたと共に、体がフワリと持ち上げられる。
「飲み過ぎなんだよ」
 呆れたような笑い声が聞こえてきた。


 成宮先生だ……成宮先生の声だ……。