成宮先生とお付き合いを始める時に交わした約束。
いや、今となれば奴隷契約の気もしてくる。
それは、『絶対に浮気はしないことと』と、『恋人がいることを公言すること』。
俺の前では、世間的な常識など一切存在しない成宮先生からしてみたら、至極まともな条件だと思う。俺は、快くこの契約に同意をした。
そんな約束を律義に守ってか、日常茶飯事に告白されている成宮先生だって、『ごめんなさい。俺にはお付き合いしている人がいるから』って相手にお断りを入れているらしい。
そのお付き合いしている人っていうのが俺のわけだから……、まぁ悪い気はしないのだ。
成宮先生に恋人がいるっていうことは、みんなが知っていることなのに、それでも告白する人が後を絶たない。
この前は、職場では一番可能性が高いであろう看護師さんに告白されてたし、その前は若い女医さんに……打って変わって患者さんって時もある。
その都度、
「申し訳ありません。僕にはお付き合いしている恋人がいるので……」
そう丁寧に頭を下げている成宮先生を見れば、モテるっていうのも大変なんだな……って、いつも思う。
それと同時に、断られるとわかっていながら、なぜ告白するのだろう……と不思議にも感じるのだ。
告白の結果がわかっていても、それでもその想いを伝えたい。僅かな可能性に賭けてみたい。
そう思える程、成宮先生のことが好きなのかもしれない。
「はぁ……またか……」
俺は大きな溜息をつく。また遭遇してしまった……成宮先生が告白されているところ。
もう見慣れたとは言え、胸がギュッと締め付けられる思いがする。視覚では慣れたはずなのに、心はいつまでたっても慣れてなんかくれない。
成宮先生に告白したのは、俺よりも年上の看護師さんだ。気が強そうだけど、仕事もできるし、患者さんからの信頼も厚い。
何より、彼女は女の子だ。
僕が持っていない物を持っていて、成宮先生にしてあげられない事をしてあげられる、そんな奇跡みたいな存在。
それが、少しだけ悔しかった。
強気な彼女が涙ぐみながら先生から離れて行くのを、俺は呆然と見つめる。
いつか俺も、きっと今の彼女みたいに切り捨てられる時がくるのかもしれない……成宮先生と付き合った時から、俺の中で何となくできている覚悟みたいなもの。
だって、あんなハイスペックで神様みたいな人が、こんな凡人を相手にするはずなんかない。
そう、いつ成宮先生に捨てられてもいいように、覚悟はできているんだ。
だから、そんな日が来ても、大丈夫……傷つかない。
「覗き見なんて、いい趣味してんのな?」
「え?」
頭上から聞こえてきた声に、恐る恐る顔を上げる。
「わぁ!」
視線の先には、いつもみたいに意地悪く笑う成宮先生がいたから、思わず悲鳴を上げてしまった。
「安心しな。恋人がいるってちゃんと断ったから」
「あ、はい……」
「だから、心配すんなよ」
いつもより少しだけ優しく微笑む成宮先生に、そっと抱き寄せられて頬に口付けられる。
同じシャンプーを使っているはずなのに、なんで成宮先生の髪はこんなにサラサラしているんだろうか。頬にかかる髪が擽ったい。
「感謝しろよな。この俺の恋人でいられるんだから」
「…………」
「葵、返事は?」
「あ、はい」
「よし、いい子だ」
クシャクシャと頭を撫でられると、つい顔がニヤけてしまいそうになる。
でも、ここで嬉しそうな顔をしたら彼の思うツボだから、俺は無理矢理に無表情を装った。



