成宮先生と病棟内を駆け回って、ようやく医局へと戻ってくることができのは、大分たってからだった。
医局のソファーに、倒れ込むように座る。
大きく深呼吸を繰り返せば、ようやく落ち着きをとりもどせたような気がした。
「でもよかったです。みんな落ち着いて……。それが何よりですから」
「だな……。あ……」
「え? あ……」
「葵、Happy New Year」
時計の長い張りがカチッと十二の数字を指していた。温かな吐息が頬にかかったのを感じて、フワリと甘い伊達巻みたいな感触が唇に触れる。
少しの間チュッチュッと唇を啄まれていたけど、いつの間にか逃げられないように後頭部を押さえつけられ、成宮先生の熱い舌が口内を無遠慮に這い回り出した。
「あッ……ふぁ……ッ」
突然のキスに戸惑ってしまい少しだけ体が逃げてしまう。
「こら、逃げんな」
「んんッ……あ……」
夢中でキスを受け止めて、口から溢れ出しそうな二人分の唾液を夢中で飲み込んだ。
どんどん熱の籠るキスに、成宮先生の首に腕を回してしがみつく。息をつく暇もなくて、苦しくて……。
でもお願い、やめないで……。
「葵、キス、気持ちいい?」
「気持ちいい……もっとして……」
「ふふっ。蕩けてるところ申し訳ないけど、新年になったよ?」
「え?」
「今年もよろしくな」
ギュッと抱き締めらた瞬間、心の中にワッと幸せが広がっていくのを感じる。
ヤバい、俺この人が好き過ぎる……。
苦しいくらい幸せで泣きたくなった。
「今年もずっと一緒にいてください。俺、いい子にしますから」
「今年も、来年もずっとずっと一緒にいるよ」
「嬉しい……」
成宮先生の胸に頬擦りをすれば優しく頭を撫でてくれる。
俺、今年がどんな年になるか楽しみで仕方ないです。
どんな幸せな一年になるだろうってワクワクするし……医師としてもっと成長できるだろうか……ってドキドキもする。
ただそんな中、成宮先生がいつも隣で笑っていてくれたら、それだけで十分だ。
「なぁ、帰ったら『姫はじめ』でもするか?」
「ん?」
成宮先生が珍しく少し照れたように俺の顔を覗き込んできたけど、いまいち言っている意味がわからず、首を傾げてしまった。
姫はじめ……?
聞き慣れない言葉に俺は首を傾げる。
でもきっと、お正月にする重要な儀式なのだろうと、少し気が引き締まる思いがした。
きっと、成宮家のような由緒正しい上流家庭の人間がする行事なのかもしれない。
「はい、わかりました。俺そういったお正月の知識がないので、色々教えてください」
これだから貧乏人は……そう思われるのが嫌だったから、背筋を伸ばして成宮先生に向かって深々と頭を下げた。
「え? 葵、お前、姫はじめ知らないのか?」
「はい。知らないです……無知ですみません。でも、俺も頑張って姫はじめしますから!」
「マジか……」
思わず俯いてしまった俺を見ながら、成宮先生が髪を掻き毟っている。
「なんか、変なことを言ってしまった罪悪感が半端ないんだけど……」
「はい?」
「いいいい、なんでもない!」
「え? でも俺も姫はじめしてみたい……」
「本当にごめん。俺が悪かったから少し黙ってて」
顔を真っ赤にした成宮先生に、再び唇を奪われてしまう。
でも俺は、こうやって年を重ねていけたらいいな……って思うんです。
ずっとずっとこうやって、ずっとずっと一緒にいようね……。
◇◆◇◆
当直が明けて、ふらふらになりながらも二人で家路につく。
途中で寄った、病院の近くになる神社で初詣をして……おみくじを引いたら俺は大凶だった。
もちろん神の子である成宮先生は当然のように大吉だ。でも、そんなことだって楽しくて仕方ない。
大凶だって構わない。今の俺は、大凶を引いて丁度いいくらいの幸せ者なんだから。
人気のないところで手を繋いで、心と体がポカポカして温かい。
家に帰った頃にはお腹がペコペコだったから、成宮先生に作ってもらったおせち料理を頬張った。
「うまぁい! 伊達巻も厚焼き玉子も煮豆も!」
「そっか、よかったな。たくさん食いな?」
「はい!」
成宮先生は俺の頭を、相変わらず優しい手付きで撫でてくれる。
そんな成宮先生も幸せそうで、嬉しくなってしまった。
「葵……」
お風呂に入った後、成宮先生に背中から抱き締めらてそっと耳打ちされる。
「あのな葵、姫はじめっていうのはな……」
「……え?」
その言葉を聞いた瞬間、俺の頬が一瞬で真っ赤になってしまう。恥ずかしくて、体が徐々に熱を帯びていった。
姫はじめって、そういう意味だったんだ……。
胸がドキドキして、呼吸が浅くなる。
駄目だ、恥ずかしい。
「葵、姫はじめ、するか……」
「…………」
「しよう?」
「はい……したい……お願い、抱いて……」
「ふふっ。可愛い」
千歳さん、明けましておめでとうございます。
今年も、来年も、再来年だって……ずっとずっと一緒だよ。



