俺達医療従事者にぶっちゃけ盆暮れ正月なんてない。
 これは、まだ俺が医師になりたてだった頃のお話……。
 そう、成宮先生と初めて迎えたお正月のことだった。


「あー、やっぱりなぁ」
 早めに配られた勤務表を見れば、バッチリ年越し当直だった。
 でもそんなことで驚きはしない。なぜなら、独身で身軽な医師は年越し当直をするのが、この世界では当たり前のことなのだ。
 ただ今年は、恋人の成宮先生と一緒の年越し当直だったから、少しだけワクワクしてしまう。


 一緒にカウントダウンをして、新年を迎えた瞬間に甘い口付けを交わす。お互い潤んだ瞳で見つめ合えば、体まで疼き出して……。
「葵、声我慢できるか?」
 耳元で甘い囁きが聞こえてきたから思わず体に力が籠る。
「我慢なんてできない」
 そう駄々を捏ねているうちにそっと医局のソファーに押し倒されて、成宮先生の細くて綺麗な指が俺の体をまさぐりだした。


「あ、あぅ……」
「こら、声出すなって言ったろ?」
 俺をたしなめるように重ねられる唇に翻弄されて、頭の奥がボーっとしてくる。
 このまま一つになりたい……甘えたように体を擦り寄せれば「可愛いな」って優しく微笑んでくれた。
 スルッとスクラブの中に入り込んできて指先に、キュッと胸の飾りを摘ままれる。
「んッ、はぁ……」
 これ以上は駄目、そう呟こうした瞬間……。


「おい、葵。暇なら大掃除手伝えよな」
「え? あ、はい!」
「何ニヤニヤしてんだ? やらしいことでも考えてたのか?」
「え!? な、何を言ってるんですか!?」
 意地悪く笑われてしまい頬がカァッと熱くなった。
 クッションを抱き締めニヤニヤしていた俺は、さぞやアホ面をしていたことだろう。
 恥ずかしくて成宮先生の顔さえ見ることができない。


「ほら、一緒に窓拭こう? 終わったら、おせち料理の買い出しに行かなきゃだし。葵はおせち料理は何が食いたい?」
「俺、伊達巻が食べたいです。あと厚焼き玉子に栗きんとん!」
「ふふっ。葵は本当に子供みたいだなぁ。伊達巻好きなんだ?」
「はい。フワフワしてて甘くて……大好きなんです」
「フワフワしてて甘いなんて、葵の唇みたいじゃん?」
「え?」
 

 にっこり微笑まれながら顔を覗き込まれた俺は、酢だこのように真っ赤になってしまう。この人のイケメンさは、本当に反則だと思う。
 その瞬間、チュッと唇に温かなものが触れる。
 あ、キスだ……そう思った俺はそっと目を閉じた。
「ほら、フワフワしてて甘い」
「馬鹿……」
「悪い悪い。早く大掃除終わりにするぞ?」
「はい」
 大掃除だってなんだって、二人でいられれば嬉しくて仕方ない。
 俺は成宮先生の背中に飛びついた。


 年末年始は実家に帰る予定もないから、きっと二人でゆっくりお正月を過ごせるはずだ。
 逆に、成宮家に帰省するからついて来いなんて言われたら、どうしたらいいかわからなくなて寝込んでしまうかもしれない。
 だから当直が空けたら二人でゆっくりお正月を過ごそう……そう約束をしていた。
「成宮先生のおせち料理、楽しみだなぁ」
 きっと俺が犬だったら、尻尾をブンブンと振り回している。
 すっかり年末の雰囲気に便乗してしまっていた。

 ◇◆◇◆

「 はぁ……ようやくキリが付いた……」
「成宮先生、お疲れ様です」
「葵もお疲れ」


 病棟から医局へと向かう途中のベンチに、二人して倒れ込むようにして座る。
 患者さんの容態に盆暮れ正月なんてない。立て続けに予想外の急変があり、その対応に病棟内を走り回った。
「今頃お湯をいれた蕎麦はどうなっただろう……」
 俺は、天井を仰ぎながらポツリ呟く。


 病院あるあるなんだけど、「今日は平和な夜になりそうだね」なんて話をすると病棟内が慌ただしくなる。
 そんなこと知ってはいたけど、夕方の回診の時にあまりにも落ち着いていた患者さんの容態に、油断しきっていた。


「今日は平和な当直になりそうだな?」
「はい。年越し蕎麦でも食べましょうか?」
「いいね、お湯沸かすか」
 油断した俺達はインスタントのカップ蕎麦にお湯を注ぎ、仲良く「いただきます」と手を合わせた次の瞬間……成宮先生のPHSが着信を知らせた。
「マジか……」
 二人で顔を見合わせてから、慌てて病棟へと向かったのだった。