ようやく日勤を終えた俺と成宮先生は、病院のすぐ近くにある神社に向かう。
元旦と言えど、もう夜も遅い時間だからか人影はまばらだった。
「わぁ! 奇麗!」
「本当だな」
神社に足を踏み入れた俺達は、所狭しと飾られた提灯に目を奪われてしまう。提灯に灯された蝋燭の炎は静かに揺らめき、暗闇を淡く照らし出していた。
境内で燃やされている焚火も、何とも言えず風情がある。パチパチという音に誘われて、冷たくなった手を温めた。
一気にお正月気分が盛り上がり、辺りをキョロキョロ見渡す。
「千歳さん! せっかく来たんだから、お参りしていきましょうよ?」
「えー? 俺、神とか仏とかあんまり信じてないんだけど……」
「は? じゃあ何で初詣に来たんですか?」
俺は目を見開いて成宮先生を見上げた。
「お前が喜びそうだから、連れてきたかっただけ」
「え?」
「帰りに綿菓子でも買ってやるよ」
成宮先生の視線の先には、綿菓子の出店が……。
成宮先生は、初詣なんて本当は興味ないのかもしれない。でも、俺の喜ぶ顔が見たくて、ここに連れてきてくれたんだろう。
そう思うと、心の中が温かくなった。
「成宮先生。せっかくだから行きましょう!」
「……おっと!」
俺は先生の腕を引いて、境内へ向かう石段を駆け上がった。
賽銭箱にお金を投げ入れて、俺は手を合わせる。
昼間、先生に初詣に誘われてから何をお願いしようかな……ってずっと考えていた。
それでも、俺の頭は単純だから、どう考えても一つしか思いつかない。
でも、今の俺には、その願い事が全てだった。
「どうか、千歳さんとずっと一緒にいられますように」
この願い事だけは神様に届いて欲しくて、俺は必死に手を合わせた。
だって、俺は超がつくほどツンデレで天邪鬼だとしても、千歳さんが大好きなんだ。
だから、これからもずっとずっと一緒にいたい。
ねぇ、だから神様……よろしくお願いします。
「何をそんなに必死にお祈りしてたんだ?」
元来た道を戻りながら、成宮先生が不思議そうに首を傾げる。
「あ、あぁ……そうですね……」
途中まで言いかけた俺は、口をつぐんだ。
これで『千歳さんとずっと一緒にいたいってお祈りしました』なんて言おうもんなら、この男はきっと有頂天へと一気に昇りつめてしまうことだろう。
やっぱり葵は、俺の事が大好きなんだな? って。
なんだか、それが凄く悔しかった。
なんだか、自分ばかりが成宮先生を好きみたいで、悔しかったから。
「秘密ですよ、秘密!」
「ふーん。別にいいけど」
成宮先生が少しだけ面白くなさそうな顔をしたから、俺は作り笑いをして、その場を凌いだ。
「千歳さんは何をお願いしたんですか?」
「俺?」
「はい。千歳さんがどんなお願いをするのか、めちゃくちゃ興味があります」
この完璧すぎる男は、神に一体何を願うのだろうか。
地位も名誉も、既にこの男は手に入れていると言っても過言ではない。
なら、名声か……いや、そんなことは興味がなさそうだ。
じゃあ、永遠の命とかかな。
俺が瞳を輝かせて成宮先生の顔を覗き込めば、少しだけ照れくさそうに笑う。その表情は、俺も初めて見るものだった。
その笑顔を見た瞬間、俺の胸がキュンと締め付けられる。
「葵の願い事が叶いますようにって」
「え?」
「あんまり一生懸命祈ってる葵が可愛かったから、その願いが叶えばいいな……って思っただけ」
「千歳さん……」
「俺は、生憎だけど、神に縋《すが》る程困ってないんでね」
そう不敵に笑う姿は、いつもの成宮千歳だった。
「ありがとうございます。成宮先生」
俺はポツリ呟いた。
どうしよう……心が、ココアを飲んだ時みたいに温かい。
「きっと、この願いは神様が叶えてくれと思うんです」
「そっか、なら良かったじゃん」
「はい!」
俺は、成宮先生の腕に飛びついた。
普段は素直になれないけど、俺はこの人が大好きだ。
帰りに、綿菓子を成宮先生に買って貰った俺は、鼻歌を歌いながら家路につく。
人目がない暗がりで、手を繋いで、そっとキスをした。
◇◆◇◆
「千歳さん……これ、なんですか?」
「何って、猫のパジャマだけど?」
お前そんなのも分からないの? と言わんばかりに顔の俺を見つめた。
そうじゃなくて、女の子が大好きなフワフワした商品を売っているお店のパジャマが、なんでここにあるのか……ってこと。
全体的に茶色のフワフワの素材で、フードには猫の耳、お尻にはフワリと可愛らしい尻尾までついている。
触り心地は抜群で、思わず頬擦りしたくなった。
「なんでこんな物がここに?」
「葵がこれを着て、これからエロイことするんだよ」
「はい?」
「だって、今年は猫年だろう? お前の年じゃん」
「……猫年って……今年は蛇年ですよ」
「は? そうだっけ?」
「千歳さん……!」
待って、全然説明になってないし、意味わからない。
猫年って一体どういうことだ……。
大体、この人にそんな趣味があったなんて意外過ぎる。
「店の前を通りかかった時このパジャマを見て、葵に似合いそうだなって」
「似合いそう? 俺、男ですよ?」
「でも、お前可愛いじゃん」
「いいからさっさと着ろよ」と、言わんばかりに俺にフワフワのパジャマを差し出してくる。
「えー? これ着るの……?」
俺がどうすべきか悩んでいれば、「その下は何も着るなよ」と、更に追い打ちをかけられてしまう。
大好きな千歳さんの為に、着てあげたい思いは痛い位ある。
でも、それ以上に恥ずかしくて仕方ないんだ。
「やっぱり嫌です」
「はぁ? 今年は猫年だろう?」
「だから蛇年ですって! 猫年なんてありません!」
「別にそんなんどうだっていいじゃん。俺が猫年って言ったら猫年なんだよ」
「そんな無茶苦茶な……」
不貞腐れたようにそっぽを向いてしまう成宮先生。
この男はどこまで自己中心的なのだろうか……。俺は大きく息を吐いた。
「それに、俺にはこんな可愛いのは似合いません」
「絶対に似合う!」
「嫌です!」
「着ろって!」
この押し問答は、その後三十分以上続く。
最終的には、どうしても譲らない千歳さんに負けた俺が、仕方なく素肌の上に猫のパジャマを着たのだった。
そして、可愛らしい猫は、怖い怖い虎に美味しく食べられましたとさ。



