俺達、医療従事者に盆暮れ正月なんてものはない。
 逆に、病院がやっていない時ほど緊急外来が忙しくなるような気がする。ほら、良く年末年始って救急車を見かけたりしない? あんな感じ。


 そして、独身の若手がそういった時に日勤や当直に駆り出されて、お偉い先生方はゆっくりと冬休みを過ごされる……なんとなく、そういう昔ながらのルールが根強く存在している。
 俺なんて、独身で子供もいない、別に実家に帰省する必要もない。年末年始駆り出されるのはわかりきっていたから、年越しの当直を押し付けられても特に何も思わなかった。
 逆に、ずっと成宮先生がこれを一人でやってきたのか……そう思うと、少しは役にたてたことが嬉しかった。


「2025年まで、10、9,8,7……」


 テレビで行われている年越しカウントダウンが、酷く遠い世界の事のように感じられる。
 俺は、成宮先生にもらったカップ蕎麦をすすりながら、それを呆然と眺めた。


 きっと、世界中のカップルが、0時ピッタリにキスをしたり、姫はじめとか……そんな甘い時を過ごしているはずだ。
「いいなぁ。俺も先生と、0時ピッタリにキスがしたかったな」
 そのことだけは、少しだけイジけてみたくもなる。
 だって、成宮先生とお正月を迎えられることを、少しだけ期待していたから……。


『10、9、8、7……3、2、1、0……‼』


 除夜の鐘が鳴り響く中、俺達は静かにカウントダウンをして、新年を迎えた瞬間に、『あけましておめでとう』って照れくさそうに見つめ合う。
 それから、どちらともなく目を閉じて、甘いキスを交わすんだ。
 そのキスがどんどん熱を帯びていって、自然と体がお互いを求め出す。
『新年になって、初めて葵を抱きたい』
『千歳さん……』
『今年も、嫌だって泣く位……お前を抱くからな』
『ちょっと、ち、千歳さん……あ、あ! そんな、いきなり過ぎる……あぁ!』
 それから、まるで絡み合うかのように、朝までお互いの体を貪って……。


 ピコン。
 その瞬間、俺のスマホがメールの着信を知らせた。


『仕事ちゃんとやってるか? 俺は明日も仕事だから寝るぞ』


 それは、つい先程まで一緒に仕事をしていた成宮先生からだった。
 成宮先生だって、年越しの当直を免れたって、年末年始はほぼ毎日仕事だ。そう思えば、今俺がしていた妄想なんて、当分夢のまた夢だなんてわかりきっている。
 このあまりにも、クールな恋人のメールに、熱く火照った体が急激に冷めていくのを感じた。


「あけましておめでとうございます、も言えないんかい?」


 あくまでもマイペースな恋人に、俺は小さく溜息を付いた。
「お疲れ様です。ゆっくり休んでくださいね」
「おう。頑張ってな」
 それを最後に先生からのメールは途絶えた。
「カウントダウンのキス……やっぱりしたかったな……」
 机に突っ伏して、遥か遠くから聞こえてくる救急車の音に、もう一度大きな溜息を付いた。

◇◆◇◆

「水瀬先生、あけましておめでとうございます」
「今年もよろしくお願いします」


 出勤してきた看護師さんが、代わる代わる挨拶に来てくれる。
 やっぱり、看護師さんが出勤してくるこの時間になると、「朝が来たんだ……」ってようやくホッとすることができる。


 朝食の時間に病棟を巡れば、
「みなせちぇんちぇ、おめでと!」
「先生、明けましておめでとうございます」
 と、子供たちが元気よく挨拶をしてくれて……俺は新年早々うれしくなってしまう。
「良かった。無事に新年が迎えられて……」
 俺は大きな欠伸をひとつ。
それから、満足感に包まれたまま医局へと向かった。


「葵、お疲れ」
「あ、成宮先生」
「あ? どうした?」


 今日、出勤している小児科病棟の医師は、俺と成宮先生だけ。
 成宮先生の顔を見た瞬間、俺にしては珍しく甘えん坊のスイッチが入ってしまった。
「千歳さん……」
 甘えた声を出しながら、ソファーに座っている成宮先生に跨った。
 そんな普段とは違う俺に、少し戸惑いながらも成宮先生はそっと腰を抱き寄せてくれる。
「どうした? 今日は甘えたか?」
「んー、千歳さん」
 成宮先生が耳元で話すだけで、くすぐったくてゾクゾクする。


「俺……千歳さんとカウントダウンして、0時ピッタリにキスしたかった」
「ふふっ。なんだよ、それ」
 成宮先生がクスクスと笑っている。
「ガキっぽいかもしれないけど、新年を一人で迎えることが寂しかった……」
「葵……」
「一緒に、新年を迎えたかった」
 俺は、必死に成宮先生にしがみついて、成宮先生の肩に額をグリグリと押し付けた。


 自分でもガキだな……って呆れちゃうけど、でも俺は……成宮先生と新年を迎えたかった。
 だって、それができたら2025年は、きっと素晴らしい年になるような気がしたから。


「0時ピッタリにキスしたかったの?」
「うん」
「そっか……」
 俺は、鼻を鳴らしながら泣きべそをかく。
 この意地悪な恋人は、俺が甘えん坊になった時には、めちゃくちゃ優しくなる。
 だからこそ、俺の中の甘えん坊が時々ひょこり顔を出してしまうんだ。


 チュッ。
 その瞬間、唇に柔らかい物が触れる。
 あぁ、成宮先生のキスだ……俺は、うっとりと目を細めた。