数十分後、成宮先生は俺が大好きな高級弁当を買って帰ってきた。 
 しかし案の定、俺には美味しいはずの高級弁当の味なんかするはずもない。
 その弁当は俺の大好物で、気を利かせてご飯は大盛にしてくれている。しかも、デザートのアイスまで用意されていた。
 でも、この後の事を考えるだけで、俺の食道が食べ物を拒絶してしまうのだ。


「もう、千歳さん……」
「ん?」
 成宮先生が、おかずのカキフライを頬張りながら俺の方を見る。
 その通常運転ぶりが、俺は少しだけ悔しかった。
 そう。いつもこうやってドキドキしているのも、緊張しているのも……俺だけ。
悔しいけど、俺はそれだけ、この人のことが好きなんだ。
 余裕もないくらいに……。


「もう、食事が喉を通らないから……」
「から?」
 成宮先生が箸を動かす手を止めて、ニヤリと笑う。
 結局、俺はこの人には勝てない……。
 俺は悔しくて仕方ないけど、少しずつ火照り出す体は、もう成宮先生を求めてしまっていることもわかっていた。


「もう抱いて……?」


 大きな瞳を潤ませて上目遣いで見つめれば、成宮先生が意地悪く笑う。
あぁ、好きだ。その笑顔……。
 俺の中の『抱かれる』というスイッチを容易に入れてくれる、不敵な笑み。
 この、獣みたいな視線に射抜かれれば、ゾクゾクっと甘い電流が全身を走り抜けて行くのだ。


「葵、したくなっちゃった?」
 俺は、その自信に満ち溢れた顔を、ずっと見ていたかった。
 今の俺に出来る事は、目の前にいる恋人を、このいやらしい体と、それとは正反対の幼い顔で誘惑することだけ。
「うん、したい。お願い……焦らさないで」
「ふふっ。めちゃくちゃ可愛い」


 チュッと優しく口付けされれば、つい先程までの先生へのイライラなど、全てが帳消しなっていってしまう。
 なんでも受け入れてあげたいし、甘やかしてあげたい。そう思ってしまうのだ。


 俺の体を床にそっと横たえて、頬に、唇に首筋に……優しいキスのシャワーを降らせてくれる。そんな成宮先生の頬を両手で包み込んで、自分の方を向かせた。
 キスだけで乱れる呼吸を整えながら、俺は優しく成宮先生に問い掛ける。


「なんで、今日そんなに機嫌が悪かったの?」
「え?」
「千歳さん、今日機嫌が悪かったですよね?」
「…………」
「千歳さん……?」
 俺が成宮の顔を覗き込めば、傷付いたような顔をしている。俺は咄嗟に、成宮先生の唇に優しくキスをした。
まるで、駄々っ子をあやすかのように……。


「違う。機嫌が悪かったんじゃない」
「じゃあ何だったんですか?」
「葵に、上手に甘えられなかった」
「え?」
 予想外の言葉に、俺は真ん丸な瞳を更に見開いた。
「すごく疲れてたんだ。でも、やらなきゃいけないことは山積みで……だから葵に甘えたかったのに、上手に甘えられなくて……でも甘やかして欲しくて……」
「成宮先生……」
「ごめんな」


 今にも泣き出しそうな顔で俺を見つめる成宮先生を見れば、俺の心はキュンッと甘く締め付けられた。
 なんて、不器用で、愛しい存在なのだろうか。


「いいですよ、いっぱい甘えてください」
「でも……まずは、この体で癒して?」
「はい。千歳さんの好きにして……多分、今日めちゃくちゃ感じちゃうと思うから……」
「フフッ。マジか」
「だから、早く……早く……あぅッ、ん、千歳さん。好き、好き……」
「俺も大好き」


 その時、俺は思った。
 もう付き合いの長い成宮先生とは、ある意味、腐れ縁だ。
 それでも……。


「愛してんだよなぁ」


 優しく自分を抱く成宮先生を感じながら、俺はポツリと呟いた。