「葵、葵!」
「ん、ん……」
俺は優しく揺さぶられる感覚に目を覚ます。
いつの間にかソファで眠り込んでしまっていたようだ。成宮先生に、そっと体を揺らされる。
「葵、こんなとこで寝てたら風邪をひくぞ?」
「あ、千歳さんだ。おかえりなさい」
「なんだ? 今日は甘えたか?」
「はい。成宮先生に会いたかったです」
「ふふっ。可愛い奴だな」
俺は嬉しくなって、成宮先生に抱き着く。
一人でいるときはあんなに寒かったし、不安でいっぱいだったのに……成宮先生が傍にいてくれるだけで、こんなにも心が穏やかになる。
ずっと会いたかった成宮先生に、「好き」という思いが溢れ出した。
「会いたかったです」
「バカが。朝会ったじゃん?」
「この広い家に、一人は寂しすぎます」
そんな俺を優しく抱き留めてくれて、まるで子供をあやすかのように頭を撫でてくれる。
俺は、その慈しむかのような成宮先生の手付きに、うっとりと目を細めた。
「ごめんなさい。俺出来損ないで……成宮先生に迷惑をかけてばかりだ」
プルルルル、プルルルル。
その瞬間、仕事用のスマホが静かなリビングに鳴り響いたから、俺は体を強ばらせる。成宮先生の上着を、無意識にギュッと握り締めた。
「大丈夫だ」
そう囁いた成宮先生が、俺の耳をそっと塞ぐ。
プルルルル、プルルルル。
両耳を成宮先生の大きな手で塞がれた俺は、スマホの着信音が遥か遠くで鳴っているように感じられた。
「大丈夫。俺が後で何とかしとくから」
成宮先生が俺の耳から手を離した時には、着信音は鳴り止んで、再び静かなリビングに戻っていた。
「今日はゆっくり休め」
優しく微笑む成宮先生の顔を見ただけで、情けないことに涙が溢れ出した。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
子供みたいに涙を流しながら、俺は成宮先生にしがみつく。そんな俺に、成宮先生がひどく優しい声で問いかけてきた。
「なぁ葵。お前、今でも一人前の医者になって、病気の子供を助けてあげたいって思うか?」
その言葉に少しだけ躊躇いを感じながらも、俺は小さく頷く。
「俺は、早く成宮先生に迷惑を掛けないで済むような、一人前の医者になりたいです。そして、一人でも多くの子供を助けたい」
「じゃあさ……」
成宮先生が俺の顔を覗き込んでくる。そのあまりにも整った顔立ちに、俺の鼓動がトクントクンと甘く高鳴った。
「葵は、俺の事が好きか?」
「え?」
「俺の事を、心の底から愛してくれてるか?」
「千歳さん……」
この成宮千歳らしくない少しだけ不安そうな表情に、胸がギュッと締め付けられる。
どうしてこのハイスペックなスーパードクターが、俺みたいな凡人のことで、こんな顔をするんだろうか。
俺にしか見せないそんな表情を見せられたら、俺はもう……。
好きって思いが溢れ出して、止まらなくなってしまう。
「大好き。千歳さんが大好き」
成宮先生に抱き着く腕に更に力を込めて、そのまま彼の唇を奪い去る。チュウっと強く吸い付いて、静かに唇を離した。
「千歳さんを愛してます」
「そっか……」
俺の言葉を聞いた成宮先生が静かに笑う。それは、俺が大好きな笑顔だった。
「なら、お前のミスくらい、いくらでもカバーしてやるよ」
「え?」
「俺がついててやるから、これからも自信を持って好きにやってみろ」
そう言いながら、クシャクシャと少しだけ乱暴に頭を撫でてくれた。
「葵には、俺がついてるよ」
「千歳さん……」
「だから、大丈夫だ」
「……はい。ありがとうございます……」
こんなに優しい恋人を目の前にして、俺は思う。
生けていれば色々な事がある。
ましてや、仕事なんて人生の大半を注ぎ込む時間であって、多くの人がストレスを感じる要因だろう。
ついさっきまでの俺は、そんな仕事という重圧に押し潰されそうになっていた。
これから先も何とか心を奮い立たせて出勤した俺が、再びアクシデントレポートを書くことが、きっとこの先もあるだろう。
それでも、きっと大丈夫。
俺には、こんなにも最強の味方がいるのだから。
だから、大丈夫だ。
「それよりさ、ちゃんと飯食って、ちゃんと寝て、早く元気になれよ」
「あ、はい。すみません」
「いつまで俺に禁欲させる気だよ。もうそろそろ、我慢の限界なんだけど?」
「え、えぇ!?」
「職業柄、弱ってる人間に無理させるわけにはいかねぇもん」
「なら、そーっやりますか?」
「はぁ? そーっと?」
「はい。そーっと」
「……ふふっ。じゃあ、そーっとやるか?」
「はい。そーっとね」
二人で顔を見合わせて笑ってから、そっと唇を重ね合わせた。



