「体が冷えきっているね。温めてあげる」
そっと抱き締められれば、上品な香水の香りに包まれた。
きっと、この人と浮気をしたら、俺は一生サンタクロースには会えなくなる……それでもいい。
俺は、クリスマスイヴに浮気をしたいんだ。もう、全部がどうでも良くなっていた。
「可愛いね……」
そっと口付けされそうになったから、半ば自暴自棄になって俺も目を閉じた。
ごめんなさい。サンタさん。
心の中で謝罪した。
「グハッ‼」
「……え……?」
耳元で短い悲鳴が聞こえたあと、ついさっきまで目の前にいた男性が、一瞬にしていなくなる。俺の視界が一気に明るくなった。
誰かに襟首をつかまれ吹っ飛ばされてしまったようだ。
「なにが、起きたんだ……」
突然の出来事に、俺は呆然とその光景を見つめる。
「人のもんに手ぇ出してんじゃねーぞ。殺すぞ」
暗闇の中目を凝らせば、怒りに顔を引きつらせた成宮先生が立っていた。
血管が浮き出るほど拳を強く握り締め、噛み締められた唇は小刻みに震えている。瞳孔は見開かれ、呼吸がひどく浅い。
その風貌は、気迫は鬼気迫るものだった。
この気迫で、逃げ出さない奴なんかいないだろう……いつの間にか先程まで甘く自分を誘惑していた相手は、公園から姿を消していた。
そして、その場には俺と成宮先生、二人だけが取り残されてしまう。
粉雪が地面に落ちる音すら聞こえてきそうな、静かな夜……。
耳をすませば、サンタクローズが乗ったそりの鈴の音が聞こえてきそうだ。
成宮先生からもらった毛糸のみたいに真っ白な雪が、地面に積もり始めていた。
「おい、葵」
怒りを露にしたまま、成宮先生が俺と向かい合った。
「お前、俺以外の男なんかに股を開くなよ。絶対に、絶対にだ!!」
「はぁ? だってあなたが浮気しろって……」
「浮気なんかしてみろ、俺生きてけねぇよ。マジで死んじまう。マジで……マジで……勘弁してくれ……」
みるみるうちに、成宮先生の綺麗な瞳にたくさんの涙がたまり、ユラユラと揺れる。
「葵、ごめん。ごめんな……」
俺は成宮先生に、背骨が折れるじゃないかってくらいギュッと抱き締められた。
「素っ気なくしてごめん。ウザいって素振りをしてごめん。優しくしてやれなくてごめん。一緒にいてやれなくてごめん。寂しい思いをさせてごめん。自分勝手に抱いてごめん。それからそれから……」
成宮先生の目から溢れた涙が、少しずつ俺のパーカーに染みわたっていく。
この超我儘男が泣きながら謝るなんて……明日は槍が降るだろうなって可笑しくなってくる。
久しぶりに見た、機嫌が悪い以外の成宮先生の表情。
でも違う、俺がみたいのはそんな顔じゃない。
「浮気しろなんて言って、本当にごめんな」
「成宮先生……」
「さっき、お前が俺以外の男に触られてるの見て、腸が煮えくり返った。マジで、あの男ブッ殺そうかって……」
成宮先生の体がカタカタ震えていたから、抱き締めてやった。
「自分が全部悪いのに……自分が撒いた種なのに……やっぱり俺は、お前が大好きだ……」
子供みたいに温かい成宮先生の体。
智彰みたいに優しいわけじゃないし、橘先生みたいにいつも穏やかなわけじゃない。
外面は国宝級にいいくせに、性格は手に負えないくらい自己中心的で甘えん坊。けど、俺は何よりこの超我儘な男が大好きなんだ。
全てを許せてしまう。
結局、俺はあなたにベタ惚れだから。
どうぞ、あなたのお気に召すままに……。
「千歳さん、仕事は終わったんですか?」
「なんとか終わらせた。でもいいんだ……残りは小山部長に任せてきた。だって、俺は葵が一番大事だから……」
「……バカ……」
「お前より大事な物なんかねぇよ。葵をあちこち探し回ったんだ。まさかここにいたなんて……。よかった、見つけられて」
「千歳さん……」
「よかった、葵にまた会えて……」
シャンシャンシャン……。
突然空から鈴の音が聞こえたような気がして、俺は思わず空を見上げた。
……え? サンタクロース?
「葵、お前が一番欲しい物をあげる」
「一番、欲しい物?」
「そう」
成宮先生が、俺の頬を両手で包み込んで、額と額をコツンと合わせる。
「葵が一番欲しいのは、笑ってる俺だろ?」
「そう、そうです……」
「だから、俺をあげる。これからは、ずっとずっと葵の傍で笑ってるから」
だから……。
成宮先生が、顔を苦しそうに歪めた。
「俺が一番欲しい物を、誕生日にちょうだい?」
「……千歳さんは何が欲しいんですか?」
「俺は……俺が欲しいのは」
俺をギュッと抱き締めてくれた。
「俺が一番欲しいのは葵だ。だから、葵を俺にちょうだい?」
「バカですね……」
思わず頬が緩んでしまう。
「俺は、あなたを好きになった瞬間から、あなただけの物ですよ」
「……そっか。ありがとう」
そう照れ臭そうにはにかんだ後、優しくて温かいキスをくれた。
そのキスは生クリームみたいに甘くて、気持ちよくて……。離れて行ってしまった成宮先生の唇がもっと欲しくなってしまった。
「もっとキスして」
「お前は本当に可愛いいな」
顔を赤くしながら、そうおねだりしたら、成宮先生が蕩けそうな笑顔で微笑んだ。



