外に出れば、ハラハラと白い天使が空から舞い降りてきていた。
「ホワイトクリスマスか……」
 吐く息さえも、白い結晶になってしまいそうなくらい寒い。
 いつの間にか、夜になっていて……あまりの極寒の世界に、体を縮こまらせた。


 結局智彰には、『兄貴の所に帰れ』って追い帰されてしまった。
 会議室のドアを閉める直後、
「ごめんね、一緒にいてやれなくて……。多分、今あなたと一緒にたらヤバイから……絶対、ヤッちまう」
 ポツリと、智彰が呟いた言葉なんて聞こえなかった。


 トボトボと家路に着く。 
 二人の家に帰る気もしなくて……ゲームセンターで時間を潰そうと決めた。


 街へ出れば、そこはクリスマス一色だ。
 街路樹は綺麗なイルミネーションをその身に纏い、まるで夜空の星々みたいに輝いていた。
 楽しそうに手を繋ぎながら歩いていくカップルに、ケーキの箱を大事そうに抱える親子の姿を見れば、何だか悲しくなる。
 このきらびやかな世界に、一人取り残されてしまった気がした。
 あぁ、俺は独りぼっちだ……。


「なんなんだよ、クリスマスって……」


 どうにか自分を奮い立たせるために、ケーキでも買って帰ろうかな……なんて思う。どうせなら、ワンホール買って一人で食べてやろうか。
 それにビールとツマミも買って……きっと一人でもクリスマスを満喫できるはずだ。


 角を曲がって大きな広場に出た瞬間、俺は思わず息を飲んだ。
 目の前には、思わず息を呑むほど大きなクリスマスツリーが立っていたから。
 綺麗に電飾が施され、たくさんのオーナメントが吊るされている。てっぺんには大きな星が乗せられていた。
「すごいや……」
 ピカピカと輝きを放つクリスマスツリーを見上げて、思わず目を細めた。
 クリスマスツリーの回りには、たくさんのランタンが並べられていて……蝋燭の炎がユラユラと揺れている。
 その幻想的な光景に、しばし見とれてしまった。


 その大きな大きなクリスマスツリーは、深々と降り続ける粉雪の中、宝石のように光輝き続けている。
「超綺麗じゃん……千歳さんと一緒に見たかったな」
 堪えきれず、涙が頬を伝う。
 クリスマスに染まりきったこの世界は、今の俺には眩し過ぎた。
『綺麗だね』
 って喜びを分かち合える相手がいるって、本当に幸せなんだな……って思い知る。


「千歳さん、クリスマスツリーが綺麗だよ」


 そっと呟いても、『あぁ、そうだな』って笑ってくれる成宮先生は、隣にいなかった。
 きっと今も、入院してきた患者さんの対応に追われていることだろう。手伝ってくればよかったな……と、少しだけ後悔してしまう。


 街中どこを見ても、千歳さんとの思い出に溢れていて、心が締め付けられた。
 夜も遅くなれば、人影もまばらになって。きっとみんな、温かい家の中でパーティーをしているのかもしれない。
「寒い……」
 ブルッと身震いをして、帽子を目深かに被り直す。
 結局最後まで、手放せなかった毛糸の帽子。この帽子だけは、最後まで俺を温めていてくれた。


 最後に、家からかなり離れた大きな公園に立ち寄った。
 ここはゲイの人が出会いの場所に使う公園だって、以前成宮先生が教えてくれた。俺みたいにボーっとした奴は、すぐに喰われちゃうから絶対に近寄るなって。
 でもいい。今日俺は『それ』が目的で来たんだ。だって、今更女の子を抱ける自信なんてない。
 公園はクリスマスだからか、人がたくさんいる。そのギラギラした雰囲気に、少しだけ圧倒されてしまった。


 地面に座り込んで空を見上げた。
 相変わらず、真っ白な羽みたいな雪は降り続けている。
「ホワイトクリスマスだ……」
 かじかんだ手に息を吐きかけて温める。このままいたら凍死するかも……ってくらい寒いのに、一人で家に帰りたくなんかなかった。


 クリスマスなんて興味がなかった。だって、特別な日だって思えなかったから。
 でもそれは、今まで俺が恵まれた環境にいたから。クリスマスを祝おうって努力なんかしなくても、毎年俺の隣には成宮先生がいた。
 何もしなくても、クリスマスを楽しく過ごせていた。
 付き合って何ヵ月記念日とか、バレンタインとか、誕生日とか……。
 一人になって思い知る。そんな記念日の大切さを。


 きっとバチが当たったんだ。
 成宮先生が『サンタクロースはいる』って言ったときに、俺は素直にそれ信じなかった。
 俺が可愛くないから、サンタクロースが怒っちゃったのかもしれない。でも今なら信じられる。
 サンタクロースはいるんだ。


「こんな所で何してるの?」
 頭上から声がしたから驚いて顔を上げた。
 成宮先生じゃない……。見ず知らずの男性が目の前に立っていた。
「君、泣いているの? 可愛そうに」
 いつの間にか頬を伝っていた涙を、しゃがみこんでハンカチで拭いてくれる。
 暗くて顔はよく見えないけど、多分成宮先生より少し年上だろう。高そうなスーツをサラッと着こなしている。


「凄く可愛い顔をしてるんだね。一人なの? 良かったら一緒にクリスマスを過ごさないかい?」
 俺を覗き込んでくる顔を良く眺めれば……なかなかのイケメンで。その成熟された男の色気に、俺は圧倒されてしまった。


 俺は浮気相手を探している。
 そして、今その相手を見つけることができた。