あなたのお気に召すままに


 今日は雪が降るって、さっき見かけた天気予報で言っていた。
 俺は、サンタクロースがくれた白い毛糸の帽子を目深に被る。この帽子はやっぱり柔らかくて、凄くあったかい。
 俺の心はこんなにも冷たいのに……。
 また溜め息をつけば、白い息が空高く上っていき……見えなくなった。


 今日も成宮先生はイライラしている。
 成宮先生はたくさんの人の期待を背負っているから、誰よりも大変なのはわかってる。人前では仏様の仮面を被っているから、イライラをぶつける相手が俺しかいないって事も……。
 心を許してくれている俺だからこそ、心の奥底のドロドロした部分までさらけ出してくれるんだ。
 そんなの、理解しきってる。
 頭では……。でも心で理解することはなかなか難しい。


 それに最近は、成宮先生の性欲処理のためだけに、傍にいる気もする。恋人との甘い時間……と言うより、ただの排泄作業。
 普段は素っ気ないくせに、やりたいときだけ甘えてくる。それも仕方ないかな……って好きにさせてやれば、実に自分勝手な抱き方をしてくれる。
 床や壁に力一杯押し付けられ、痛いくらいに愛撫されて。俺が泣くまでねっちこく弄くり回され、玩具にされてしまうんだ。
 その自分本意の行為は、苦痛そのもので….…。どうにか避けて通りたいのに、もともと性欲の強い成宮先生に、結局はいいようにされてしまう。


 今日、久しぶりに成宮先生から『今日は早く帰る』ってメールがきた。でもわかってる。
『帰りたい』んじゃなくて、『やりたい』んだって。


 玄関の扉が開けば、
「葵」
 って甘く囁きながら、強く抱き締めてくれる。
「ベッドに行こう?」
 そっと手を引かれたから、素直にそれに従った。


 数時間後、ようやく成宮先生から解放される。加減なんて全くしてもらえないから、体はボロボロで。
「痛ぇ……」
 身体中に残る、成宮先生の噛み跡に冷たいタオルを押し当てる。キスマークなんて可愛いもんじゃない。歯形そのものだ。
 行為の最中はやけにテンションが高かったから、歯止めが効かなかったのかもしれない。


 知らぬ間に変わってしまった恋人を目の当たりすれば、心が締め付けられる。
 俺はいたたまれなくなって、そっとベッドを抜け出した。一緒にいるのが辛かったから。エアコンの効いていないリビングは寒くて、思わず膝を抱えてずくまった。
 けど、成宮先生からもらった毛糸の帽子は手放せない……俺もいい加減バカだなって思う。
「ちょっとした倦怠期だから、大丈夫」
 そう何度も自分に言い聞かせた。


 慌ただしく月日は流れ、もうすぐ一年が終わろとしていた。
 今日はクリスマスイヴ。成宮先生の誕生日だ。
 成宮先生と、久しぶりに二人でゆっくり過ごそうか……なんて約束していた日でもある。
 気づけば毎日、業務に追われる日々で。立ち止まる暇すらなかった。本当にすれ違いの毎日だ。話すらまともにしてなったことに気付かされる。
 だからこそ、二人きりで過ごせるなんて……正直凄く嬉しかった。


 ◇◆◇◆


「たまには二人でどかに行こうか?」
 照れたように笑う成宮先生を、久しぶりに見たような気がした。
「だって、もうすぐクリスマスじゃん?」
「あっ、そうだ……クリスマスですね」
 忙しすぎて、今日が何月何日なのかもわからなくなっていた。
 小児科病棟に綺麗に飾り付けられたクリスマスの飾り付けに、そろそろクリスマスが近いだって思い出すくらい。
 きっとゆっくり街並みを見渡せば、綺麗な飾り付けがされているんだろう。毎年病棟で行われるクリスマス会が、楽しみになってきた。


 医局の前に着いて大きく息を吐く。
 今日は十二月二十四日……。
 成宮先生、クリスマスイヴです。それから、あなたの誕生日だ。
 プレゼントを準備する時間がなかったから、これから出掛けたついでに二人で選ぼうと思う。
 たまには、笑った成宮先生が見たい。最近はずっと余裕のない顔しか見てないから。


 どうか、成宮先生が笑ってますように……。
 祈るような気持ちで医局のドアを開けた。


「ごめん、葵。急に入院が三人も来て、これから色々指示を出さないと。もしかしたら簡単な手術になるかもしれねぇ」
 明らかにイライラしている成宮先生。前髪を乱暴に搔き上げ、貧乏揺すりをしている。
 

 入院が一気にくるのは本当に大変だから、イライラするのもわかるよ。しかも、もうすぐ帰れるって時間に入院がきたら、どっと疲れも出るだろうね。
 でも、でもさ……今日は笑ってて欲しかったな。
 だって、今日はあなたの誕生日でもあって、クリスマスイヴだから。


「そっか、なら仕方ないですね。何か手伝えることはありますか?」
 いつも通り、聞き分けのいい葵を装う。
 本当は、凄くガッカリした自分がいた。
 普段、クリスマスなんて大して興味なんかないし、二人で過ごしたい……なんて、思ったこともなかった。


 でも、今年はクリスマスに期待していた。
 ううん、違う。笑った成宮先生が見たかったんだ。


「なんでそんなに聞き分けがいいの?」
「え?」
「怒ればいいじゃん? 約束破るなって。それとも、俺との約束なんかどうでも良かった?」
 明らかにイライラしている成宮先生。もう最近は、こんな顔しか見てない。心が苦しくて粉々に砕け散りそうだ。
 ただ俺は、成宮先生の足手まといにだけはなりたくない。彼を支えてやることすらできないなら、我慢するしかないって思うから。


「仕方ないじゃないですか? 成宮先生頑張ってるんですから」
「なんだよ、それ……」
 俺に近づいてきた成宮先生が、威圧的な目で俺を見下ろしてくる。獣のような鋭い瞳で睨まれれば、非力な俺に太刀打ちなんかできない。
 まさに、蛇に睨まれた蛙だ。


「俺に不満があるんだろ?」
「べ、別に不満なんか……」
「嘘つけ、顔に書いてある。俺がウザい。でも、もっと構って欲しいって……」
「…………」
「そんなに寂しいなら、他の男と浮気でもしたら?」


 その言葉を聞いた瞬間。何かがポッキリ折れた気がした。
 ずっとずっと、自分を支えてきた何かが……今、音をたてて崩れ去った。


 俺、本当はずっと寂しかったんだよ。
 でも成宮先生に迷惑かけたくなかったら、ずっとずっと我慢してきた。どんなに冷たくあしらわれても、性欲処理係に落ちぶれたとしても……俺は、あなたの傍にいたかった。
 成宮先生が好きだったから。


「わかった。浮気してみます」
「……は?」


 俺の言葉が余程予想外だったのか、成宮先生が目を見開いた。