自宅に着いた頃には、もうすぐクリスマスイブが終わろうとしている頃だった。
「先生……怒ってるよな……」
そう思うと、早く家に帰らなきゃいけないって思いもあるのに、怖いって思いの方が強くなってしまう。
俺は意を決して、エレベーターのボタンを押した。
合鍵でドアを開けて、そっと室内を覗けば、リビングのテーブルの上には小さなクリスマスツリーが飾られていた。
そして、美味しそうなケーキに、食べきれない程の料理が並んでいる。
それを見ただけでわかってしまった。
「先生は、クリスマスイブと、誕生日を楽しみにしてたんだ……」
そう思うと、目頭が熱くなるのを感じる。
「ごんめなさい……」
俺は唇を噛み締めて俯いた。
ふとソファーに視線を移すと、成宮先生が眠っていた。
きっと、俺を待ちわびて、いつの間にか眠ってしまったのだろう。
「ごめんなさい、千歳さん」
俺はソファの近くに座り込んで、成宮先生を抱き締める。
「本当にごめんなさい……」
鼻の奥がツンとなって、涙が出そうになる。
抱き締めた成宮先生は、とても温かくて……。思わずその胸に頬ずりをした。
温かくて、心地いい……。
「遅くなってごめんなさい」
眠っている成宮先生の唇にキスをしてから、そっと囁いた。
「千歳さん、メリークリスマス。それから、お誕生日おめでとう」
次の瞬間、突然体を抱き寄せられた俺は思わず体に力を込める。それでも俺を抱く腕の力は弱まることなんてない。一気に二人の顔を近付いて、「あ……」と思う間もなく、俺と成宮先生の唇は深く重なってしまった。
「んッ……むぅ……」
びっくりして口を開けば、無遠慮に成宮先生の熱い舌が侵入してきて……俺は、それを夢中で受け止める。
息ができないくらい苦しいのに、頭の中が痺れてしまうほど気持ちいい。
もっとキスをしていたかったけど、成宮先生からそっと体を離して、その顔を覗き込んだ。
「狸寝入り、ですか?」
「いや、本当に寝てた。誰かさんが全然帰ってこないからさ」
大きな欠伸をしながら、サラリと嫌味を言ってくれた。
「だって、千歳さんはクリスマスとか、誕生日とか、全然興味ないのかと思ってたので……」
「はぁ? そんなん、全然興味ねぇよ?」
「……え? じゃあなんで?」
成宮先生の意外な言葉に俺は目を見開いた。
興味がないなら、わざわざお祝いしなくてもいいではないか……そう思ってしまったのだ。
「今までは興味なんかなかった。でも葵と一緒なら、今日っていう日が、なんかすげぇ特別で、大切な日に感じたんだよ」
「千歳さん……」
「お前がいるから、どんな日だって特別に感じるんだよ。バァカ!」
なら一言そう言ってくれればいいのに……とも思うけど、このどこまでも意地っ張りで素直になれないところが、成宮千歳なのだ。
そして、俺はそんな不器用なところが、狂おしい程に愛おしい。
「先生、大したものじゃないんですけど、俺からのプレゼントです」
「ん? プレゼントなんかあんの?」
「でも、本当に大したものじゃないんで、期待はしないでくださいね」
俺が遠慮がちにリュックからプレゼントを取り出すと、成宮先生が目を見開いた後、声を出して笑い出す。
あの時、俺の目に飛び込んできたのはゲームセンターだった。
俺は昔からクレーンゲームが得意だったから、それで何かを取ろうと思いついたのだ。
ちなみに、今成宮先生の目の前にあるのは、狐と狸の巨大なぬいぐるみ。このぬいぐるみを見た瞬間、俺は運命を感じたのだった。
「あははは! このぬいぐるみ、俺と葵みたいじゃん」
そう、狐が成宮先生で、狸が俺。
ツンとかしこまった凛々しい狐は成宮先生に似ているし、真ん丸な目に幼い顔立ちの狸は、俺にそっくりだった。
「へぇ……。こんなに可愛いプレゼント貰ったのは初めてだよ」
「良かった。こんなので喜んでもらえて」
「ありがとう。でも、まだ足りないわ」
いきなり色気を帯びた成宮先生の声が、耳元で響く。それだけで、俺の全身を甘い電流が駆け抜けて行った。
「飯食ったら、抱かせて?」
「……え?」
「今日は、葵を抱き潰してぇ気分だからさ」
ニヤリと笑う成宮先生を前に、俺は何も言い返すことができない。まさに、蛇に睨まれた蛙だ。
なのに、体は勝手に火照り出し、成宮先生を受け止める場所が、ジンジンと甘く疼き出した。
「今日は、激しくても何でもいいです」
「へぇ? 今日はやけに素直じゃん」
「はい。だって、今日は特別な日ですから」
「可愛いな、葵」
そのまま、俺達は熱いキスをして……。
先生が用意してくれた料理を食べてから、もつれるようにベッドへと倒れ込んだ。
どんだけ乱暴に抱かれるのかと、少しだけ冷や冷やしていたけど、その日は蕩けてしまうくらい、優しく優しく抱いてくれた。
俺達は、クリスマスケーキの上に乗っている生クリームのように、甘いクリスマスを過ごしたのだった。
それ以来、リビングに置かれた狐と狸のぬいぐるみが、俺達をそっと見守ってくれている。
「来年は、忘れないからね」
仲良く寄り添う二匹を見る度に、俺は優しく話しかけた。



