『葵はさ、本当に気が利ないよね』
『誕生日とか、記念日とか……もっとお祝いして欲しかった』
 

 俺の元を去って行った彼女達が、言っていた言葉をふと思い出す。
 だって、俺は正直、イベント事とか、記念日とか興味ないし、そもそもお祝いすることが面倒くさいんだ。
 普通でいい。だって、いつも一緒にいられることだけで十分だって思えるから。


 これは、俺と成宮先生が、付き合って初めて迎えるクリスマスのお話。

◇◆◇◆

 それは、街を吹き抜ける風が冷たくて、思わず体を縮こまらせてしまう……そんな季節になった頃だった。
 俺は、日の当たらない病院の廊下を速足で歩く。
 早く温かいナースステーションに行きたい……そんな一心で階段を駆け上った。


 昨夜、ほろ酔いで上機嫌の成宮先生に、ベッドの上で散々虐められたせいか体が怠くて仕方ない。
 一度、そういったスイッチが入った成宮先生は、本当にネチネチとした行為をしたがるから質が悪い。

 どんなに泣いて頼んだところで、そんな俺を見るのが楽しくて仕方ないのだろう。
『まだまだだろう? 男の子なんだから泣き言言うな』
 いやらしい声で耳打ちされると、耳が一瞬でカッと熱くなった。
 散々成宮先生に育てれた体はジンジンと痺れ、もはや快感しか拾わない。
『あ、はぁ……』
 真正面から成宮先生に抱き締められて、ゆさゆさと揺すられ続ければ、もう俺の口からは甘い声しか漏れてこない。
 涙が次から次へと溢れ出し、どちらのものかさえわからない唾液で、顔なんてもうグチャグチャだ。
『可愛い、葵……可愛い……』
『ん、ふぁ……んん、はぁ』
 結ばれながら交わすキスは何とも官能的で、正常な思考回路なんてとっくの昔に壊れてしまっていた。


 お願い……もう終わって。


 最後は泣きたくなってくる。
 もう一体何時間、こうして繋がり続けているのだろうか。体が痺れて、開かされ続けている足がカクカクと情けなく震えた。
 何度も絶頂を迎えさせられた余韻からは抜け出せず、ずっとイキっぱなしの状態は、正直かなりしんどい。
 ここまで来ると、恐怖すら感じてしまう。このまま、壊れてしまうんじゃないか……って。
『もう、終わって』
 ポツリと呟けば、突然成宮先生の動きが止まり、俺の顔を覗き込んでくる。その顔があまりにも不安そうで、少しだけびっくりした。


『葵……大丈夫か?』
『もう、苦しい……これ以上……虐めないで……』


 もう情けないことに、俺は懇願することしかできない。そんな俺を、成宮先生がギュッと抱き締めてくれた。
『葵、もう少しだけ頑張れるか?』
『……も、もう少しだけなら……』
『よし、いい子だな』
 成宮先生が、俺を宥めるかのように全身に優しいキスをくれる。
『可愛い、葵』
 ニッコリと微笑んだ成宮先生が、俺を労わるかのように優しく突き上げてくる。
 俺はそんな優しい腕の中で、再び快楽の渦に飲み込まれていった。


 そんなことがあったせいで、今日は声がガラガラだし、足腰が痛い。キスをし過ぎたせいで唇もヒリヒリするし、睡眠不足のせいで瞼が重たくて仕方がない。
「ふぁ……」
 大きな欠伸をしながらナースステーションへ入ろうとした瞬間、看護師さんと成宮先生の楽しそうな話声が聞こえてきた。


 静かに中を覗き込めば、数人の看護師さんに取り囲まれながら、お得意の愛想を振りまいている成宮先生がいた。
 成宮先生だって睡眠不足だろうし、あんなに激しい運動をしたんだから、さぞやお疲れだろうに……。
 それでも、成宮先生はとても爽やかな表情をしている。
 それだけではない。彼の周囲には燦燦と眩い朝日が差し込み、爽やかなミントの香りまで漂っているようだ。
 俺は、何を話しているんだろう? と聞き耳をたてた。


「成宮先生は、クリスマスは予定とかあるんですか?」
「えー! 気になる! やっぱり彼女さんと過ごすとか?」
 若い看護師さん達が興味があるのは、どうやら成宮先生のクリスマスの予定らしい。
 きっと、彼女達はあわよくば『成宮先生と一緒にクリスマスを過ごしたい』と思っているのだろう。
「あははは! クリスマスは仕事だから、今年もクリスマスどころじゃないですよ」
「そうなんですか? 以外! そういうイベントごとは大事にされているのかと思ってました」
「とんでもない、クリスマスなんて、いい年したおじさんが喜ぶようなイベントじゃないんですよ。いつも通り、静かに過ごしたいものです」
 成宮先生が、まだ湯気の上るコーヒーを口に運びながら微笑めば、看護師さん達の目が輝いた。


「じゃあ、もし良ければ私達と……」
「それはごめんなさい。聖なる夜は、静かに音楽でも聴いて過ごします」
「そうですか……」
 看護師さん達がガッカリと肩を落とす。
 成宮先生は笑っていたけど、俺は気付いてしまった。目が笑っていないことに……。
 ――この俺が、君達みたいなレベルの女と出掛けるわけないだろうが? 図々しい。
 そう切れ長の目が物語っている。
「怖ッ……」
 その光景に、俺の背筋を冷たいものが駆け抜けていくのを感じた。


 それに、俺は少しだけ呆れてしまう。
「何が音楽でも聴きながら静かな夜を、だよ。昨夜、あんな激しく抱いといて」
 そっと大きく息を吐く。
「おはようございます」
 それから俺は、何も聞いていないフリをして、ナースステーションに入って行ったのだった。