「葵……」
 名字ではなく、名前で呼ばれた俺は、くすぐったくて肩を上げる。
 チュッと触れるだけのキスを貰えば、離れていってしまう成宮先生の唇が恋しくて……先生の首に腕を回して、自分からキスをねだった。
 チュルンと待ち侘びた成宮先生の舌が口内に侵入してくれば、夢中でそれに舌を絡める。俺は、成宮先生の蜂蜜みたいに甘い唾液さえ、全てを飲み込みたい一心で、夢中になって唇を貪った。
「もっと……ねぇ、もっと……お願い、離れてかないで……」
「はいはい。もっとキスしような」
 先生の優しい笑い声が鼓膜に響いて、俺はそれに陶酔してしまう。


「気持ちいぃ」
 キスの合間にうっとりと囁けば、成宮先生が優しく抱き締めてくれる。
 俺は、その胸にそっと顔を埋めた。


「葵。お前は病気だ」
「え? やっぱり、俺、病気なんですか?」
「そう。お前は病気だ」
 半分夢心地だった俺は、一気に現実の世界へと引き戻された。
「俺、何の病気なんですか?」
「お前の病はな……」
 成宮先生が俺の顔を覗き込んでくるものだから、思わず息を飲んだ。


「恋煩いだ」
「……恋……煩い……」
「そう、お前は俺に恋してんだよ」


 目の前でニヤニヤと成宮先生が笑えば、顔から火が出そうになった。
 俺が、成宮先生に恋……恋……恋……!?


「え!? 嘘だ!?」
「嘘じゃねぇよ。大体、お前は好きでもない、しかも男とキスなんかできんのかよ」
「うッ、そ、それは……」
「いつも俺のキスでトロトロに蕩けてさ。最近はおねだりまでしてくるじゃん?」
 俺は、何も言い返すことができなかった。
 だって、それは全て真実だったから。
 俺が成宮先生に恋をしているとすれば、今までバラバラに散らばっていたパズルのピースが、パチンパチンと全てハマって行くのを感じた。


 そうか……俺は、成宮先生のことが好きなんだ。


 俺は、咄嗟に成宮先生から体を離す。
 そう認めてしまえば、恥ずかしくて仕方ない。俺は、なんでこんな強くて爆発しそうな感情に、今まで気付かなかったんだろう。
 きっと柏木は、俺のこの気持ちの正体を知っていた。だから、成宮先生なら治せるって言ったんだ。
 俺は、成宮先生の顔を見ることさえできずに俯いた。


「葵の友達が言った通り、その病気は俺にしか治せない。だから、俺が責任をもって治してやるよ?」
「え? どうやって……?」
「研修が全部終わったら、いや、今すぐにでも俺の所に嫁に来い」
「嫁に?」 
「そうだ。いくら鈍感なお前でもわかるだろう?」
 クイッと顎を持ち上げられて、成宮先生と強引に視線を合わせられる。
「な、成宮先生……」
 その、見たことのない真剣な表情に、俺は思わず息を飲んだ。


「これはプロポーズだよ」
「……プロ、ポーズ……」
「そうだ。俺が一生かけてお前の病気を治してやるから……てか、一生俺に患ってろ」
 その不敵な笑みに、俺の思考回路が崩壊するのを感じた。


 俺は、今、きっと世界で一番邪悪で最強な罠にかかったネズミだ。
 でも、なんでだろう。この罠から、一生逃げ出したくない。もっともっと、キツク締めて……もう逃げられないくらいに。


「成宮先生……」
「ん?」
「大好きです」
「良くできました」
 もう一度、勇気を出して成宮先生の腕の中に飛び込めば、ギュッと強く抱き締めてくれる。
 その温かな腕の中で、俺は確かな幸せを感じていた。
 そして思う。


 きっと、俺の病気は一生治らないって。
 超ハイスペックの若き小児科のエース、成宮千歳にも治すことのできない不治の病に、俺の心は甘く浸食されて行った。
 そしてきっと、どんどん悪化していく一方だろう。
 でも、俺はそれで構わない。
 だって、俺は貴方にベタ惚れなんだから。
 だから……。


「あなたのお気に召すままに」


 俺は成宮先生の耳元で、そっと囁いた。

◇◆◇◆

「お前さ、本当にトロイのな?」
「は、はい、すみません」
「何回言えばわかんだよ? この薬は単価が高いから使うなって、あれ程言ってんのに。こんなにふんだんに使いやがって」
「ごめんなさい」
「マジで小児科病棟を破産に追い込みたいわけ?」
「そ、そんな、滅相もない!!」


 全ての研修を終えた俺は、迷うことなく皆が避けて通る小児科病棟に希望を出した。
 そして、成宮先生の厳しいご指導が幕を切ったのだ。


 俺は、あの後すぐに成宮先生のマンションに引っ越して、甘い同棲生活を開始させた……はずだったのに。
 家でも職場でも、このハイスペックな神と召使の関係は変わらない。
 いつも成宮先生に怒られて、謝ってばかりいる。全く進歩なんて見られなかった。
 そんな自分に日々落ち込む毎日で……泣きたくなることなんて、日常茶飯事だ。


「本当に仕方ねぇな。急いで残りの仕事片づけて、さっさと帰ってこい。お前の好物のカレー作って待っててやるから」
「え? カレーですか?」
「そう。しかもシーフードカレーだ。だから後少し、頑張れ」
「はい!」
 子供みたいにカレーなんかに釣られた俺は、目をキラキラ輝かせてしまう。
 そんな俺を見た成宮先生が、
「本当に単純で扱いやすい」
 ククッと喉の奥で笑っている。


「それからさ……」
 突然抱き寄せられて、突然唇を奪われる。そのまま首筋に舌を這わせられ、ジュッと強く吸い上げられた。
「夜はベッドで、散々可愛がってやるからな」
「え?」
「だから、早く帰って来いよ」
 意地悪く、敏感な胸の突起をそっと撫でられた後、クイッと押し潰される。
「あぅ……」
 それだけで、甘い電流が頭から爪先まで駆け抜けて行くのを感じた。


「葵は可愛いな」
 

 その妖艶な笑顔に、俺はすっかり骨抜きにされてしまう。 
 だって、成宮先生は本当にズルい。凄く意地が悪いのに、本当に優しい。
 どうぞ、俺のことを好きにしてください。所詮俺は、貴方の言いなりなんだから。


「どうぞ、あなたのお気に召すままに」

 
 ほら、耳元でエロい事言うから、俺の心臓がまた痛い位に高鳴って、呼吸まで苦しくなってきたじゃんか。
 もう、本当に勘弁して欲しい……。