「水瀬。お前が泣いてどうすんだよ。医師が泣いたら、みんなが不安になる。だから、最後まで『医師』っていう仮面は外すな。泣くのなんていつでもできる」
「はい」
「いい子だ。最後まで頑張れ」
トクントクン。
嫌だ……また胸が痛い。
息もできないし、心臓が痛くて仕方ない。こんなの、普通じゃない。
貴方は本当にズルい。いつもは俺にだけ素っ気なくて、冷たいのに……それなのに、こんなにも優しい。
その温度差に、俺はついていけない。
「成宮先生」
「あ?」
ほら、その不愛想な返事。他の人にだったら、「どうしましたか?」なんて、もっと優しい笑顔を向けるはずだ。
何で、俺にだけそんなに素っ気ないんですか。
俺だって、俺だって……貴方に笑いかけて欲しい。
「俺、病気みたいなんです」
「病気? お前が?」
「はい。貴方の傍にいると、心臓がドキドキして、息ができなくて、苦しい……」
「お前……」
「親友の柏木に聞いたら、不治の病だし、薬も処方できないって言われました。でも、成宮先生なら、俺のこの病気が治せるって……」
俺は、目に涙を一杯浮かばせながら、成宮先生を見上げた。
「先生、俺苦しいんです。どうか、この病気を治してください」
「水瀬……」
「胸が苦しくて仕方ないです……」
俺の頬を涙が伝った瞬間、ピリリリリリリッ。
俺のPHSが緊急を知らせた。
◇◆◇◆
「グスッ、ヒックヒック……」
俺は、前に成宮先生に教えてもらった屋上で一人泣いていた。
目の間には、宝石みたいな東京中の夜景が広がっているのに、今晩はそれを綺麗と思う事さえできない。次から次へと溢れ出す涙を、止める方法を俺はまだ知らなかった。
俺と成宮先生が、沙羅ちゃんの病室に到着した時には、沙羅ちゃんの心臓が止まる寸前だった。
かろうじて動き続ける心臓が、モニターに波形を刻む。その心臓が止まるのも、時間の問題のように感じられた。
「覚悟をしてください」
病室に静かに響き渡る成宮先生の声に、ご両親が小さな体に縋りつく。
俺は、涙が出そうなのを必死に堪えた。
はっきり言って、これ以上俺達には、沙羅ちゃんにしてあげられることなんてない。だからせめて、最後の瞬間まで、一緒にいてあげたいと思う。
自分の子供じゃないのに、いつの間にか自分の子供のように可愛く感じていた。そんな不思議な存在。
沙羅ちゃんは、話すことも、笑うこともできなかったけど、俺の心の中にいる沙羅ちゃんはいつも優しく笑っている。俺に、医師としてたくさんの大切なことをくれた。
心から「ありがとう」って思う。
桜が咲き乱れる日に初めて出会った沙羅ちゃんは、新緑が輝く満月の夜に、天使になった。
息を引き取った沙羅ちゃんは、可愛らしいピンク色の洋服を着てお家に帰って行った。最後の最後まで、「ありがとうございました」と、頭を下げ続けるご両親に、俺は何も言ってあげることさえできなかった。
つい先程まで沙羅ちゃんがいた部屋を覗けば、ベッドすらないもぬけの殻で……あんなにけたたましく鳴り響いていたアラーム音さえ聞こえてこない。静か過ぎるその空間は、とても広く感じられた。
「沙羅ちゃんが、いない……」
俺の心はギュッと締め付けられる。
溢れてきた涙を隠すかに様に、俺はエレベーターへと飛び乗った。
「グスグス……うぅ……」
優しい風が優しく髪を撫でてくれる。泣きすぎて火照った顔に、冷たい夜風が気持ちよかった。
「見つけた」
突然、ポンッと頭に温かい手が置かれる。
慌てて、隣に来た人物の顔を確認すれば、それは成宮先生だった。
「急にいなくなったから、心配したぞ」
「ふぇ……うぅ……成宮先生……」
「お前は子供か」
俺は夢中で成宮先生に抱きついた。
そんな俺を、優しく受け止めてくれる。その腕の中の温もりに、俺は酷く安堵した。
「沙羅ちゃんを助けてあげられませんでした」
「うん。でも、お前は頑張ったよ」
「でも、でも……俺は、助けてあげたかった。だって、俺は医者だから」
「そうだな。助けてやりたかったんだよな」
「はい……助けてあげたかった」
「わかった、わかったよ」
成宮先生は、子供のように泣きじゃくる俺を抱き締めて、優しく頭を撫でてくれる。まるで、泣く子供をあやすかのように、優しく、優しく……。
「泣くな、水瀬は頑張ったよ。ハムスターなりに」
「ひ、酷い……!」
「ふふっ。冗談だよ」
トクントクン。
まただ……胸が痛くて、苦しい。
でも、なんでだろう……めちゃくちゃ幸せだ。
俺は、自分を抱き締めてくれる成宮先生の力強い腕に、そっと体を預ける。
この人には、自分の全てをさらけ出しても大丈夫だって思える。この人は俺のどんな汚い部分だって受け止めてくれるから。だから、大丈夫だって。
「もう泣くな。葵……泣くな」
俺の頭を撫でながら、優しく髪を搔き上げてくれる。
頬を伝う涙を唇で掬ってくれて、そのままチュッと唇にキスをくれた。
泣き疲れた俺が成宮先生を見上げれば、びっくりするくらい穏やかな顔をした成宮先生と視線が絡み合う。
「ようやく泣き止んだな」
そう微笑む成宮先生を見れば、また胸がギュッと締め付けられて、呼吸ができなくなってしまった。
「はい」
「いい子だ。最後まで頑張れ」
トクントクン。
嫌だ……また胸が痛い。
息もできないし、心臓が痛くて仕方ない。こんなの、普通じゃない。
貴方は本当にズルい。いつもは俺にだけ素っ気なくて、冷たいのに……それなのに、こんなにも優しい。
その温度差に、俺はついていけない。
「成宮先生」
「あ?」
ほら、その不愛想な返事。他の人にだったら、「どうしましたか?」なんて、もっと優しい笑顔を向けるはずだ。
何で、俺にだけそんなに素っ気ないんですか。
俺だって、俺だって……貴方に笑いかけて欲しい。
「俺、病気みたいなんです」
「病気? お前が?」
「はい。貴方の傍にいると、心臓がドキドキして、息ができなくて、苦しい……」
「お前……」
「親友の柏木に聞いたら、不治の病だし、薬も処方できないって言われました。でも、成宮先生なら、俺のこの病気が治せるって……」
俺は、目に涙を一杯浮かばせながら、成宮先生を見上げた。
「先生、俺苦しいんです。どうか、この病気を治してください」
「水瀬……」
「胸が苦しくて仕方ないです……」
俺の頬を涙が伝った瞬間、ピリリリリリリッ。
俺のPHSが緊急を知らせた。
◇◆◇◆
「グスッ、ヒックヒック……」
俺は、前に成宮先生に教えてもらった屋上で一人泣いていた。
目の間には、宝石みたいな東京中の夜景が広がっているのに、今晩はそれを綺麗と思う事さえできない。次から次へと溢れ出す涙を、止める方法を俺はまだ知らなかった。
俺と成宮先生が、沙羅ちゃんの病室に到着した時には、沙羅ちゃんの心臓が止まる寸前だった。
かろうじて動き続ける心臓が、モニターに波形を刻む。その心臓が止まるのも、時間の問題のように感じられた。
「覚悟をしてください」
病室に静かに響き渡る成宮先生の声に、ご両親が小さな体に縋りつく。
俺は、涙が出そうなのを必死に堪えた。
はっきり言って、これ以上俺達には、沙羅ちゃんにしてあげられることなんてない。だからせめて、最後の瞬間まで、一緒にいてあげたいと思う。
自分の子供じゃないのに、いつの間にか自分の子供のように可愛く感じていた。そんな不思議な存在。
沙羅ちゃんは、話すことも、笑うこともできなかったけど、俺の心の中にいる沙羅ちゃんはいつも優しく笑っている。俺に、医師としてたくさんの大切なことをくれた。
心から「ありがとう」って思う。
桜が咲き乱れる日に初めて出会った沙羅ちゃんは、新緑が輝く満月の夜に、天使になった。
息を引き取った沙羅ちゃんは、可愛らしいピンク色の洋服を着てお家に帰って行った。最後の最後まで、「ありがとうございました」と、頭を下げ続けるご両親に、俺は何も言ってあげることさえできなかった。
つい先程まで沙羅ちゃんがいた部屋を覗けば、ベッドすらないもぬけの殻で……あんなにけたたましく鳴り響いていたアラーム音さえ聞こえてこない。静か過ぎるその空間は、とても広く感じられた。
「沙羅ちゃんが、いない……」
俺の心はギュッと締め付けられる。
溢れてきた涙を隠すかに様に、俺はエレベーターへと飛び乗った。
「グスグス……うぅ……」
優しい風が優しく髪を撫でてくれる。泣きすぎて火照った顔に、冷たい夜風が気持ちよかった。
「見つけた」
突然、ポンッと頭に温かい手が置かれる。
慌てて、隣に来た人物の顔を確認すれば、それは成宮先生だった。
「急にいなくなったから、心配したぞ」
「ふぇ……うぅ……成宮先生……」
「お前は子供か」
俺は夢中で成宮先生に抱きついた。
そんな俺を、優しく受け止めてくれる。その腕の中の温もりに、俺は酷く安堵した。
「沙羅ちゃんを助けてあげられませんでした」
「うん。でも、お前は頑張ったよ」
「でも、でも……俺は、助けてあげたかった。だって、俺は医者だから」
「そうだな。助けてやりたかったんだよな」
「はい……助けてあげたかった」
「わかった、わかったよ」
成宮先生は、子供のように泣きじゃくる俺を抱き締めて、優しく頭を撫でてくれる。まるで、泣く子供をあやすかのように、優しく、優しく……。
「泣くな、水瀬は頑張ったよ。ハムスターなりに」
「ひ、酷い……!」
「ふふっ。冗談だよ」
トクントクン。
まただ……胸が痛くて、苦しい。
でも、なんでだろう……めちゃくちゃ幸せだ。
俺は、自分を抱き締めてくれる成宮先生の力強い腕に、そっと体を預ける。
この人には、自分の全てをさらけ出しても大丈夫だって思える。この人は俺のどんな汚い部分だって受け止めてくれるから。だから、大丈夫だって。
「もう泣くな。葵……泣くな」
俺の頭を撫でながら、優しく髪を搔き上げてくれる。
頬を伝う涙を唇で掬ってくれて、そのままチュッと唇にキスをくれた。
泣き疲れた俺が成宮先生を見上げれば、びっくりするくらい穏やかな顔をした成宮先生と視線が絡み合う。
「ようやく泣き止んだな」
そう微笑む成宮先生を見れば、また胸がギュッと締め付けられて、呼吸ができなくなってしまった。