「おい、こんな所で寝てると風邪ひくぞ」
「んッ……うん……」


 突然、何か優しい物に頭を撫でられる感覚に、俺は夢から現実に引き戻される。
 その温かい物が、成宮先生の手だと分かった俺は、無意識にその手を抱き締めた。


「水瀬……ほら、帰るぞ」
 そっと体を揺すられる。
 でも、それさえ心地よくて……俺はフニャリと微笑む。


「成宮先生、紗羅ちゃんの事でこんな時間まで病院にいたんですか?」
「あぁ? そんなん、どうでもいいだろう?」
「ありがとうございます。俺、先生のこと誤解してました。あんな態度とってごめんなさい」
 俺は、成宮先生の白衣をギュッと掴んで、それに顔を埋める。
「俺、先生のこと……全然わかってない……」
「いいから水瀬、もう帰るぞ?」
「嫌だ、帰りたくない」
「お前は、子供か」
「そうです。子供です。だから……」
「だから?」


 俺が見たことがないくらい優しい顔で、俺の顔を覗き込んでくる。
 その頬にそっと触れた。
「俺、頑張ってるからご褒美ください」
「なんだよ? お前、ご褒美欲しいの?」
「はい。欲しいです」


 トクントクン。


「あ、まただ……」
 俺の心臓が甘い不整脈を打ち始める。
 呼吸も苦しいし、体が火照って仕方ない。
 そして、この不快な症状を成宮先生にどうにかして欲しい……そう思ってしまって、無意識に成宮先生の体に自分の体を擦り寄せる。
 深夜までの残業で上手く働いていない頭に、疲れきった体。それに、薄暗い室内が有り得ないくらいに俺を大胆にさせる。
 ぶっちゃけ、今の俺は寝ているのか、起きているのかさえわからない状態だった。
 夢ならいいな……って思う。
 これが夢だったら、俺はもっと大胆に貴方に甘えられるから。


「ご褒美ちょうだい?」
「いいよ」
 そう囁いた成宮先生が、ふわりと俺の体を抱き上げたから、俺は必死にしがみついた。
 そのまま、ソファーに座った成宮先生の膝の上にちょこんと座らせられる。
 温かい成宮先生の胸に、俺はそっと体を預けた。


 唇に温かくて柔らかいものが触れる感触に、体中が甘く痺れていくのを感じる。
 その啄むようなキスに、俺は目を細めた。
「はぁはぁ……んん……あ、はぁ……」
 唇が離れた一瞬の隙に、俺は乱れた息を整える。
 それでも自分でわかってしまった。熱っぽい視線で、成宮先生に「もっと」ってキスをねだっていることを。


「んっ、んん」
 再び唇が重なった瞬間、ふわりと口の中に甘い味が広がっていくのを感じる。俺は、成宮先生から口移しで何かをもらったらしい。
 それは口一杯に広がって、少しずつ消えていく。俺は成宮先生の唾液と共に、コクンと飲み込んだ。


「美味いだろ? そのチョコレート高いんだぜ?」
 成宮先生が、俺の目の前で悪戯っぽく笑う。
「あ、チョコレートだったんだ」
「はぁ? 何だと思ったんだ?」
「成宮先生のキスの味かと思った」
 俺は、自分でも信じられないくらいの甘ったるい声を出しながら、成宮先生を見つめた。
 これじゃあ、雄猫を誘惑する雌猫みたいだ。


「ふふっ。俺とのキスは、そんなに甘いの?」
「はい。めちゃくちゃ甘くて、蕩けそう……ん、んんッ。はぁ……」
 もう一度成宮先生がキスをしてくれたんだけど、俺はもう脳みそまで蕩け切っていて……。成宮先生がくれるキスが甘いのか、もう一つチョコレートを口移されたのかさえ、わからなかった。


「甘ぁい……」


 俺は夢中で成宮先生とキスを交わす。必死に成宮先生にしがみついて、離れて行く唇を追いかけて。
 トクントクンと鳴り響く心臓が、煩くて仕方なかった。