あなたのお気に召すままに

 
 今日も仲良く並んでお持ち帰りの仕事をしている。
 会議や勉強会に使う資料なんかは、どうしても勤務時間内に作ることなんかできないから、結局は家に持ち帰ることになってしまう。
 そう言えば昨日もこうやって資料作ってたなぁ。あっ、一昨日もだ。
 カタカタカタカタ……カチッカチッ。
 キーボードを打つ音と、マウスをクリックする音が静かな室内に響き渡る。


「マジか……」


 隣にいる成宮先生に気付かれないように、小さく溜め息をつく。
 せっかく恋人と一緒にいられるのに。甘い言葉を囁き合うわけでも、甘い口付けを交わすわけでもない。
 ただ黙々と仕事をこなし、終わったら次の仕事に移る。
 そして、終わったら翌日の仕事に備えて早めに寝る。


 もう、大体なんだよこれ……。
 どこまで社畜なんだ。


 自分の右手で、右側にいる成宮先生の左手を恐る恐る握ってみる。久しぶりに触れた温かい手にホッと息をついた。
 成宮先生はビックリしたように目を見開いたあと、プラプラと手を振り払ったもんだから、俺の手は呆気なく床へと落ちて行く。
 悲しくなったからその体にしがみついた。


「たまには構ってください!こんな毎日つまんないぃ!」
「はぁ?」
 成宮先生が明らかに心外だという顔をしたから、つい笑ってしまいそうになるのを必死に堪える。
 きっと忙しい中、彼なりに精一杯俺を構ってくれているんだろう。そんなのは分かりきっているんだ。
「だってつまんない」
 拗ねた子供みたいに上目遣いで見上げる。
 こうなったら色目だってなんだって、使えるもんは使ってやるんだ。
 なんだか成宮先生に絡みたい、構ってもらいたい。そんなワガママ心がメキメキ顔を出した。


 次の瞬間、フワッと柔らかいものが唇に触れた。
 成宮先生の温かい吐息が頬をかすめて行く。


「あっ……キスだ」


 そう感じた瞬間、目の前で優しく微笑まれる。
 優しく頬を、そして髪を撫でてくれた。
「葵はワガママ言っても可愛いなぁ。もう少ししたらご飯にしよう?」
「そんな子供みたいな扱い……」
「なんで?今日は葵が好きなクリームコロッケだよ」
「クリームコロッケなんか……」
「ふふっ。可愛いなぁ」


 強がってみるものの、心の中がポカポカしてきて自然と顔が緩んでしまう。


「十秒だけ……」
「え?」
 成宮先生が不思議そうに顔を覗き込んでくる。
「十秒だけキスしたら、また素直な葵に戻ります」
 言ってみたものの、恥ずかしくてつい小声になってしまう。
「いいよ。十秒……キスしよ」


 その余裕に満ち溢れた表情がかっこよくて、色っぽくて……。クラクラと目眩がした。
 強く強く抱き締めて口付けられる。優しい香りのする成宮先生にギュッと抱きついて、目を閉じる。
 トクントクンという鼓動がうるさくて、頬が熱くなった。


 10 ……9…… 8、7、6、5、4、3……2……1……0……。


 チュウッと音をたてながら、お互いが名残惜しそうに唇を離した。
 だって……もっとキスしたい。
 成宮先生に手懐けられたこの体は、意図も簡単に熱を持って、自然と成宮先生を求めてしまう。体の奥がキュンッと締め付けられた。