成宮先生のマンションに着いた俺は、「ただいま」の挨拶もそこそこにベランダへと直行する。
キッチンには恐らく帰宅したばかりの成宮先生がいて、慌ただしく夕食を作っているようだ。
クンクンと鼻を鳴らすと、今日の夕食は俺がこの前から食べたいと言っていた鍋焼きうどん……うどんを煮込む美味しそうな香りがした。
「あ、葵。おかえりって……どこ行くんだ?」
「あ、ご飯までやりたいことがあって……」
包丁を片手に、成宮先生が首を傾げている。
一生懸命夕飯を作っている成宮先生の手伝いもしないなんて申し訳ないけど、どうしても俺は雪だるまを作りたかったのだ。
ベランダに向かう途中、広いウォーキングクローゼットに入り込み、中を物色する。
「あ、あった!」
俺が見つけたのは、大き目なクーラーボックス。それは去年の夏に、二人で海に出掛けた時に買ったものだ。
そんなクーラーボックスを片手に、俺は雪が降り積もったベランダへと向かい、走ったのだった。
天気予報では午後から晴れて日差しが出ると言っていたから、もしかしたら雪が溶けてしまうかも……とずっと気が気ではなかったけれど、雪は降りやむことなんてなかった。
先程まで寒い外にいたのに、一度室内の温もりを知ってしまった俺は思わず身震いをする。
「寒い……!」
息を吐いて両手を温める。吐息がまるで煙のように空高く登っていった。
病院はもうすぐ消灯時間だ。空から降り続く雪を見ていた子どもたちも、大きな欠伸をしていることだろう。
「雪だ!」
そう嬉しそうに笑う子どもたちを思い出すだけで、俺の顔が自然と緩んでいく。
あんな風に、子供たちと過ごす穏やかな時間が俺は堪らなく好きだ。
そして、この雪が溶ける頃には、きっと桜の花が待ちきれないとばかりに咲き始めることだろう。
「よし! 作るぞ!」
俺は積もった雪を手に取り、大きな団子を作る。それをコロコロと転がして、大きな雪の塊を作っていった。
みんな喜ぶかなぁ……。
そう考えると、胸がドキドキしてくる。たくさん作って、各病室に届けてあげよう。俺の夢はどんどん膨らんでいった。
手が真っ赤になり、少しずつ痺れだして感覚が消えていく。それでも構わない。俺はどんどん雪だるまを作っていった。
帰ってくる途中、立ち寄った百均で買ったビー玉やボタンを取り出して、雪だるまに飾りつけていく。
真ん丸なビー玉を雪だるまの目にすれば、俺にそっくりな雪だるまができた。細くて背の高い雪だるまは成宮先生。
橘先生に、小山小児科部長。他にも花岡師長や普段子どもたちが関わっている人たちに似せてみよう……そんな新たな計画を思いついてしまった俺は、つい雪だるまづくりに熱中してしまった。
「おい、コラ。風邪ひくぞ?」
「あ、成宮先生……」
「こんな雪の降ってる夜に、一体何してんだ?」
俺が慌てて振り返ると、そこには顔を顰めた成宮先生が立っていた。「あー、こんなに体が冷え切って!」と呆れた声を出しながら、俺を背中から抱き締めてくれる。
そんな成宮先生からは、美味しそうな鍋焼きうどんの香りがした。
俺の両手を自分の手で包み込み、「はぁ」と息を吹きかけてくれる。それが恥ずかしくて、俺の頬がどんどん赤くなっていく。
照れ隠しに、寒さから馬鹿になった鼻をズズッとすすった。
「何か作ってんの?」
「あ、はい。雪だるまを作ってます」
「雪だるま? へぇ……」
俺の手元を不思議そうに覗き込みながら、成宮先生が首を傾げている。
「今日、杏ちゃんたちが雪を見ながら雪遊びしたいって言っていて……。だから明日雪だるま作って持ってくねって、って約束したんです」
「ふふっ。なんだそれ。葵らしいなぁ」
成宮先生がクスクス笑った後、俺の首筋にそっと唇を押し当ててくる。それがくすぐったくて、俺は思わず肩を上げた。
「葵は相変わらず優しいなぁ」
「そ、そんなことないです。俺にはこれくらいしかしてやれないですし……」
「そっか。お前は優しくていい医者だよ」
成宮先生が俺の顔を覗き込むような少しだけ窮屈な姿勢で、俺たちはキスを交わした。
降り続ける雪が、成宮先生の長い睫毛に舞い落ちてとても綺麗だ。俺は少しの間、そんな光景に見とれてしまった。
「葵、好きだ」
「俺も……千歳さんが好き……」
成宮先生の腕に抱き抱えられたまま、俺たちはキスを繰り返す。
ベランダは凍える程寒いのに、心はポカポカと温かい。
あぁ、幸せだな……って胸が苦しくなった。
きっと、杏ちゃんたちはこの雪ダルマを見て喜んでくれることだろう。病棟中の子どもに雪だるまをプレゼントして、外で雪遊びできない分みんなで楽しみたいって思う。
雪が溶けたら、今度は伊織君のダブルデートにお付き合いしなければならない。
季節は長い冬を越えて、誰もが待ち望んでいた春がやってこようとしている。
こんな風に雪遊びはできなくなるけれど、綺麗に咲き乱れる桜を愛でるのだって楽しみだ。
こうやって、小児科病棟はゆっくりと時間が流れていく。
そして、小児科病棟にいる子どもたちが、病気を抱えながらも幸せな人生を歩んで行ってくれることを願ってやまない。
「なんだこの雪ダルマ。葵にそっくりじゃん?」
「ふふっ。こっちは成宮先生で、これは小山部長です」
「マジだ! 気持ち悪い。あははは!」
声を上げて笑う成宮先生を見て、俺は多幸感に包まれる。
俺は成宮先生に手伝ってもらいながら、雪だるまをそっとクーラーボックスにしまう。クーラーボックスが宝物箱のように思えて、そっと抱き締めた。
「ほら、部屋に戻ろう。鍋焼きうどんが伸びちまう」
「体が冷え切っちゃったから、鍋焼きうどんが楽しみです。成宮先生が作ってくれた鍋焼きうどん、温かくて美味しいだろうなぁ」
「葵はガキだなぁ。仕方ない。ココアもいれてやるよ」
「わぁ! 嬉しいなぁ」
嬉しくなってしまった俺は、思わず成宮先生の首に飛びつく。そんな俺の体を、しっかり受け止めてくれた。
ギュッと抱き締められると、洋服越しに成宮先生の温もりが伝わってきて……あったかい。
二つの体が一つに蕩けてしまうくらい、強く抱き合いながらキスをした。
「その後は、ベッドで温めてやるからな」
「…………⁉」
「楽しみにしてろよ」
「もう成宮先生のエッチ……」
俺の腰を抱き寄せながらエロイことを耳打ちしてくる成宮先生に、俺は潔く白旗を振ったのだった。



