あなたのお気に召すままに


「あ、雪だ! 水瀬先生、雪が降ってきたよ!」
「わぁ、本当だね。綺麗だなぁ」
 突然子供たちに手を引かれた俺は、窓の外に視線を移す。
 先程から降り続いていた雨は、午後になって雪へと姿を変えた。音もなく降り続ける雪はとても綺麗で、俺は思わず仕事をしている手を止めて、しばしその光景に見入ってしまう。
「水瀬先生、雪って白い天使みたいで可愛いね」
「天使? (あん)ちゃんには雪が天使に見えるんだね」
「うん!」
 そう話してくれるのは、もうすぐ小学一年生にあがる杏ちゃん。でも残念ながら体の具合が悪くて、入学式には参加できそうにない。
「私には蝶々に見えるよ! 白い蝶々」
「へぇ、(みお)ちゃんには蝶々に見えるんだね」
「うん! ヒラヒラとお空を飛んでるんだよ」
「そっか……。そう言われると、先生にもそう見えてきたよ」
 杏ちゃんや澪ちゃんの言葉を聞いて、俺はハッとする。
 降り続ける雪を見て「電車が止まったらどうしよう」「明日出勤大変そうだなぁ」なんて考えていた自分が情けなく思えてきたのだ。
 だって、子供たちの目にはこんなにも綺麗に雪は映っているのに……。俺は心の底から反省してしまった。


「あーあ、澪、雪遊びしたいなぁ」
「杏も雪遊びしたい。雪だるま作ったり、そり遊びしたり……早く退院したいよぉ」
 杏ちゃんと澪ちゃんが突然寂しそうに俯いてしまったから、俺は二人の傍にしゃがみ込んだ。そっと二人の顔を覗き込んだら今にも泣きそうな顔をしている。
「杏ちゃん、澪ちゃん」
 名前を呼びながら頭を撫でてやると、大きな目を潤ませながら俺を見上げた。
「あたしたち、元気になって退院できるかな?」
 いつも元気な子供たちが見せる弱気な一面。時々そんな場面に遭遇するのだけれど、俺の心がキュッと締め付けられる瞬間でもある。


 気安く「大丈夫だよ」なんて言えないし、「うーん、ちょっと難しいかな?」なんて口が裂けても言えない。
 小児科病棟に入院している子供たちは、大概の子が抵抗力が弱まっているから、外へ遊びに行くこともできない。だから、いつもこうやって病棟から外の景色を眺めて過ごしていた。
 だから俺は、子供たちが寂しい思いや悲しい思いをしているときには、できるだけ傍にいてあげたいと思う。


「あのさ、明日水瀬先生が雪だるまを作って持ってきてあげるよ」
「本当に? 溶けちゃわない?」
「クーラーボックスに入れて持ってくれば大丈夫じゃないかな?」
「やったー‼」
 杏ちゃんと澪ちゃんの顔が一瞬で明るくなったから、俺はホッと胸を撫で下ろす。
 よかった、二人が笑ってくれて……。
 まだまだやみそうもない雪を、三人で眺める。
 こうやって穏やかな時間が過ごせたらいいな……って思いながら。
 入院生活の思い出が、苦しかったことだけじゃなくて、こんな風に俺と一緒に雪を見たっけな……って、ほんの少しでも楽しかった思い出になってほしい。
 俺は、いつもそう思っているんだ。


「ねぇ、水瀬先生。雪積もるかな?」
「どうかなぁ? 積もるかなぁ?」
「積もるといいなぁ」
「そうだねぇ」
 俺は杏ちゃんと澪ちゃんが飽きるまで、ずっと三人で雪を眺めていた。