あなたのお気に召すままに


「水瀬、月が綺麗ですね」
「……成宮、先生……」
 トクン。
 俺の鼓動が甘く高鳴る。
「お前なら、この意味……わかるだろ?」


 その昔、文豪夏目漱石が『愛している』という言葉を『月が綺麗ですね』という言葉に置き換えた、という逸話が残されている。


 成宮先生。本当に月が綺麗ですね。


 俺の頬を涙が伝う。
 この言葉には、実は返事の仕方も語り継がれている。[[rb:二葉亭四迷 > ふたばていしめい]]が書き記した書物の中に、その答えは記されていた。


「成宮先生。俺は、死んでも構いません」


 男が泣くなんて、かっこ悪いってわかっているんだけど、涙は止まってくれなかった。
 まるで、辛かった過去を洗い流すかのように、涙は次から次へと頬を伝う。


「駄目だよ」
「え?」
「一緒に生きてもらわなければ困る。ようやく、想いが通じ合ったんだからさ」
 そう微笑む成宮先生の目にも、うっすら涙が溜まっているように見えたのは、俺の気のせいだろうか?


「成宮先生。今なら、月に手が届きそうです」
 それくらい、今の俺は幸せだ。
「なぁ、水瀬。お前と一緒なら、きっと月に届くはずだ。だって俺は、ずっとずっと月となって、お前を見守っていたんだから」
「月となって……?」
「あぁ、そうだよ」
 そのまま成宮先生に強く抱き締められる。一瞬呼吸が止まりそうになったけれど、それ以上に嬉しくて。
 俺は夢中で成宮先生にしがみついた。
 成宮先生の腕の中は温かくて、とてもいい香りがする。


「前に言っただろう? お前は月下美人みたいだって。だから、俺は月となってお前を照らし続けていたんだよ」
「成宮先生……もしかして、ずっと前から俺のことを?」
「そうだよ。例え、月下美人に気付いてもらえなくても、いつも見守っていた」
 成宮先生が俺の額にコツンと自分の額を押し付けてくる。成宮先生の前髪がくすぐったくて、思わず肩を上げた。


「月も綺麗だけど、水瀬も綺麗だよ」


 ふわりと、優しく唇と唇が重なる。
「嫌です、恥ずかしい……兎が見てます」
「大丈夫だよ。餅つきが忙しいって。だから、なぁ、もう一回?」
「んふッ……う、ん……」
 少しだけ強引に唇を奪われた俺は、大人しくその唇を成宮先生に捧げる。だって、この完璧すぎる男は、キスだって蕩けそうになるくらい上手だから。
「ふぁ……成宮先生のキス気持ちいい……」
「ふふっ、水瀬可愛いな? もっとするか?」
「はい。もっとして……」
 怖いくらい静かな公園で、俺たちはキスに夢中になった。
 もしかしたら兎に見られているかもしれないけれど、もうそこは見て見ぬふりをしてほしい。


 ねぇ、成宮先生。満月が綺麗ですね。
 何でこんなに綺麗だかわかりますか?
 それはね、二人で見ているからですよ。


「水瀬、帰ろう?」
「はい」
 差し出された成宮先生の指に、俺は自分の指を絡ませた。
 繋いだ成宮先生の手は、とっても温かい。


 ねぇ、成宮先生。
 月が綺麗ですね。