「体調悪いのか? 元気ないし、顔色悪いぜ?」
たまたま外来ですれ違った柏木が、気遣って声をかけてきてくれる。
だけど、あまりにも的確過ぎるその問い掛けに、呼吸が止まる思いがした。
さすが長年の親友。鋭いな……。
「患ってんだよ」
「何を患ってるんだい?」
柏木が不思議そうに首を傾げる。
「恋だよ」
「へぇ、そっかぁ。水瀬が恋ね…なんか想像できないなぁ」
あまりにも失礼なことを、付き合いの長いこの友人はヅケヅケ言ってくれる。でも、それが全然嫌味に聞こえないから不思議だ。
少しの間だけ何かを考えていた様子の柏木が、ふわりと笑った。
「でも最近、お前、やけに色っぽいしすごく可愛らしく見えるぜ」
「は? なんだそれ」
「そっかぁ。恋をしているからかぁ……」
「ブッ! バァカ」
あまりにもしみじみ言うものだから、思わず吹き出してしまった。
◇◆◇◆
「今日は、ついに満月ですね」
満月の光だけで、電気のついていない部屋でも全く暗さを感じない。月明かりって凄いんだと、改めて感じさせられた。
今頃、月の兎達は餅つきに大忙しだろう。
今日は、このまま帰ろうって思った。少しだけ、成宮先生の傍にいることがしんどくなっていたから。
きっと、満月が少しずつ欠けていくように、成宮先生への想いも消えて行くはずだ……だから、今だけは一人でいさせて。
今まで通りの、上司と部下の関係を続けるために。
成宮先生、お邪魔しましたって声をかけようとした瞬間、心配そうな顔をしながら、成宮先生が俺の顔を覗き込んでくる。
そのあまりの至近距離に、心臓が跳ね上がった。
「水瀬、最近元気ないな? 何かあったか?」
「べ、別に……何もない、です……」
悩みの種に心配されるのって、こんなに辛いんだって思い知る。
だって、俺はこんなにも苦しいのに、当の本人には俺の想いなんか全然届いてないんだから。
こんな想いは、俺の独りよがりなんだって、改めて思い知らされてしまった。
「気晴らしに、散歩にでも行かないか?」
「散歩、ですか?」
「あぁ。ちょっとそこまでな」
まるで子供を宥めるように頭を撫でられると、俺には断ることなんかできない。
俺は唇を尖らせながら、コクンと頷いた。
近くの公園まで行こう。
少し前を歩く成宮先生に、俺はただ黙ってついて行く。
相変わらず、真ん丸な満月が俺達の頭上で輝いていて、その眩しさに思わず目を細める。
時折吹く、春の匂いを含んだ爽やかな風が俺と成宮先生の髪を静かに揺らした。
何となく気まずくて、顔さえ上げられない自分が情けなくなる。だって成宮先生は、部下である俺を純粋に心配してくれているだけなんだ。
なのに、なのに……俺の心の中は下心でいっぱい。
ごめんなさい。俺はあなたが好きです。
満月が、また朧月に姿を変えてしまわないよう、必死に泣くのを堪えた。
次の瞬間、俺の右手に温かいものが触れる。
恐る恐る顔を上げた視線の先には、成宮先生と手を繋ぐ自分の手があった。
なんで、なんで俺……成宮先生と手を……。
事態が理解できなくて、俺は言葉を失ったまま、身動きすら取れなくなってしまった。
トクン……トクン……。
鳴り止め、俺の心臓。
成宮先生に聞こえちゃう。
頑張れ、俺の涙腺。
泣いたら、成宮先生に俺の想いがバレちゃうだろう。
でも、でも……俺はやっぱり……。
「あ……」
突然成宮先生が後ろを振り返った。
満月の光が、成宮先生の表情を鮮明に映し出す。その顔は、切なそうにも、苦しそうにも、幸せそうにも見えた。
それは、色んな姿を持つ月のようにも見えて……あまりにも綺麗で、思わず視線を奪われてしまう。
俺たちは、満月の下で見つめ合った。
サラサラと風が俺の髪を撫でていき、夜空に輝く星達の囁き声さえ聞こえてきそうだ。
辺りは静寂に包まれ、俺たちを照らすのは月明かりだけ。
そんな中、成宮先生が春の日差しのように笑う。
いつも眉間に皺を寄せて、俺を叱ってばかりいる成宮先生の笑顔に、俺は一瞬で魅了されてしまった。
この人は、こんなにも優しい笑みを俺に向けてくれるんだ……。胸がぎゅっと締め付けられて痛いくらいだ。
無意識に洋服の襟元を掴む。
きっと心はこの辺りにあるはずだ。だって、こんなにも胸が苦しい。息も上手にできなくて、目頭が熱くなる。
頬が徐々に熱を持って、体が小さく震えた。



