「なんだよ、葵。ヤキモチか?」
「わぁ! びっくりした!」
突然背後から声がしたから振り返ると、そこには嬉しそうに口角を釣り上げた成宮先生がいた。
俺が『成宮先生と結婚したい』というメッセージカードを見て、渋い顔をしていることが嬉しかったのだろう。
まるで悪戯っ子のようにニコニコしている。
(この人だけには、気付かれたくなかったのになぁ)
さっきまでナースステーションで看護師さんに囲まれていたからと、油断していた。
きっと、俺をからかいたくて仕方がないのだろう。満面の笑みを浮かべている。
『はいはい。悔しいけど、あなたの想像通り、このメッセージカードを見てヤキモチを妬いてましたよ』
なんて悔しいから、絶対に言ってやんない。
俺が子どものように「ベーッ」と舌を出すと、成宮先生がクスクスと笑っている。
「葵は本当に可愛いな」
そんな風に言われてしまうと、何も言い返せなくて……。俺は頬を膨らませて俯いた。
そんな時。
「成宮先生、水瀬先生、ちょっといいですか?」
先程とは違う看護師さんが俺たちに声をかけてくる。例のカードを持って、こちらに向かって駆け寄ってくる姿が見えた。
「成宮先生と水瀬先生も、このカードにサンタさんへのメッセージを書きませんか?」
「え? 僕たちもですか?」
「はい! ぜひ書いてください」
楽しそうに笑う看護師さんを見ていると、なんだか俺まで嬉しくなってきてしまい、ワクワクしてきてしまった。
成宮先生もいつも通りの営業スマイルを浮かべて、「僕は何を書こうかな?」と微笑んでいる。
その瞬間、ここは病院ではなくなり、お花畑になったような気がする。小鳥がさえずり、花の甘い香りまでするような錯覚に襲われた。
(恐るべき、成宮マジック)
そんな成宮先生の豹変ぶりをを見て、俺は大きく息を吐いた。
でも、このカードに何を書こうかな?
こういうのって、考えるだけでも楽しいんだよなぁ。
俺はふと、昔、恋人がサンタクロースっていう歌が大流行していたことを思い出す。
「恋人が、サンタクロースかぁ……」
じゃあ、俺のサンタクロースは成宮先生なんだろうか?
その時、俺はいいことを思い付いた。
なんていいアイディアなのだと、自分を褒めてあげたくなってしまうくらいだ。
「成宮先生、このカードを書いたら、お互いに書いたカードと交換しませんか?」
「カードを交換? なんで?」
看護師さんがいなくなった途端、いつもの成宮先生に戻ってしまう。
面倒くさそうに、俺のことを横目で睨み付けてきた。
「だって、このカードはサンタさんに向けたメッセージでしょ? もしも、恋人がサンタクロースだとしたら、俺たちはお互いがサンタクロースじゃないですか?」
「はぁ? また訳のわからないことを……」
成宮先生が呆れたように前髪を搔き上げる。
でもこんな態度はもう慣れっ子だ。俺は構わず話を続けた。
「じゃあ、お互いサンタさんへのお願い事を書いて、クリスマスに交換しましょうね!」
「はぁ……。面倒くせぇけど付き合ってやるよ」
なんやかんや言っても、この人は俺に甘い。だから、最終的には俺のお願いを聞いてくれる。それを俺は知っているんだ。
「じゃあ、約束ですよ」
「はいはい。わかったよ。それより回診に行くぞ」
「はい!」
俺は一度カードをギュッと抱き締めてから、成宮先生の後を追う。
(何を書こうかな……)
そう考えるだけで、俺の心はクリスマスツリーに飾られたオーナメントのように、キラキラと輝いた。



